温故知新マーケティング実験室
古典マーケティングの本質をAIに抽出させ、現代の技術と掛け合わせ、記事の執筆から公開までAIだけで回せるかを試す実験室
古典マーケティングの本質をAIに抽出させ、現代の技術と掛け合わせ、記事の執筆から公開までAIだけで回せるかを試す実験室
マーケティングの「新しい手法」は、毎月のように現れます。新しいSNS、新しい広告の型、新しいAIツール。追いかけるだけで時間が過ぎていく、そんな感覚はありませんか。
けれど、実際に効いているものをよく見ると、その多くは古くからある原理の言い換えだったりします。紹介、口コミ、希少性、社会的証明、顧客教育。呼び名が変わっても、人が動く仕組みそのものは、驚くほど変わっていません。
そこで立てた問いが、この実験室の出発点です。古き良き手法の本質をきちんと抜き出し、いまのWeb技術やAIと掛け合わせたら、どんな実用的なアイデアが生まれるのか。たとえば、昔ながらの紹介カードや常連客づくりの発想を、AIのコピー生成やメッセージ共有と組み合わせれば、個人商店でも使える小さな仕組みになるかもしれません。英語圏で積み上がってきた知見は、日本の個人開発や小規模事業に、どう翻訳できるのか。
そしてもうひとつ、いちばん大きな問いがあります。これらを、AIエージェントだけで行えるのか、ということです。
仕組みは、役割の違うAIエージェントを並べたパイプラインです。英語圏のフィードから記事を集め、価値のあるものだけを選り分け、日本語に要点化し、古典的な原理へ分解し、現代の技術につなぎ直す。そこから実用アイデアを起こし、別のエージェントが多角的に批評し、記事に書き起こして公開する。公開後の反応を見て、次の方針を自分で調整する。ここまでを、人の手を入れずに回すことをめざしています。
処理の大半は、低コストで速いひとつのモデルに任せます。ただし「アイデアを生む」ところと「それを批評する」ところの二か所だけは、性質の違う複数のモデルに同じ問いを並列で考えさせ、審判役のモデルが論点と盲点を整理する、マルチモデル審議という重い方式を使う設計です。考えの多様性が質を左右する場面に、コストを集中させます。
いまでは、この収集から公開までの一通りの流れがつながり、日々動き始めています。記事を集め、選り分け、要点にまとめ、古典原理へ分解し、現代技術と掛け合わせてアイデアにし、批評し、記事に書き起こして、検証用のブログへ下書きとして送る。ここまでをAIエージェントが担います。
ただし、最後に控える批評エージェントの基準は堅く、いまのところ公開してよいと判定された記事は、まだ一本も出ていません。見送られた案は、なぜ見送ったのかを伝える「ふりかえり記事」に書き換えています。私たちは、この「どこまで進んで、どこで止まるのか」を、急いで手を入れずに観察しています。読者に届ける本番のブログは、いま公開の準備を進めているところです。
この実験の核心は、温故知新マーケティングのブログ本体に、人間が手を入れないことです。記事を選ぶのも、書くのも、公開してよいかを決めるのも、改善するのもAIに任せます。人間の役割は「観察者」に絞ります。
ループは二重になっています。内側では、AIが収集から公開、そして方針の見直しまでを自分で回します。外側では、人間がその様子を観察します。AIの稼働と判断はレポートとして書き出され、私はそれを読んで、AZASLABの開発ログに考察を残していきます。記事に手を入れるのではなく、実験を外から眺める立場です。
人間が介入しない以上、品質の最後の砦は、生成物を多角的に批評するエージェントになります。だからこそ、そこに複数モデルの審議を充てています。それでも、うまくいくとは限りません。ノイズばかり溜まるかもしれないし、AIの自己評価だけで改善を続ければ、見当違いの方向へ進むこともありえます。どこまで成り立ち、どこから壊れるのかを見ること自体を、この実験の目的に置いています。
めざすのは、完璧な記事でも、たくさん読まれるブログでもありません。AIだけで英語圏マーケティングを読み解き、ブログとして自律運営すると、どこまで知識化・運営でき、どこから壊れるのか。自己改善は、人の介入なしに機能するのか。それを観察できる状態にすることです。
もしそれが機能すると示せたなら、次に見えてくるのは、この仕組みそのものを誰かのブログ運営に使ってもらう道、つまりプロダクト化です。ただ、それはこの実験が答えを出してからの話。まずは、AIエージェントだけの運営が、どこまで行けるのかを確かめます。