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6 min read AI協働開発健康

連載「糖質/インスリン比 目安アプリをつくる」· 第1編/全7編

「糖質を引き算するだけ」のはずだった

1型糖尿病の自分のために、血糖管理アプリをAIと作る(その1)

炭水化物から食物繊維を引くだけ——のはずが、毎日くり返すと消耗する。小さな手間を機械に預ける、その一歩を、1型糖尿病の自分のためにAIと作りはじめた話から一緒に。

安宅春樹 (Ataka Haruki)

— AZASLAB代表 ・ AIエージェント開発ディレクター

— Shimizu Fumio Architects Co., Ltd. 取締役

「ただの引き算」が、毎日だと効いてくる

小さな計算なのに、一日に何度も、体調の揺れるなかで繰り返すと、じわじわ消耗する——そんな手間に、心当たりはありませんか。

たとえば「炭水化物から食物繊維を引いて、糖質を出す」。文字にすればただの引き算で、小学生でもできます。でも、それを毎食、しかも他のことで頭がいっぱいの日にも繰り返すとなると、話は変わってきます。ひとつの判断に使える集中力には限りがあって、それを小さな暗算に削られると、肝心なところで息切れする。

私は今年(2026年)の1月に1型糖尿病と診断され、3月には盲腸がん(ステージ4)の診断を受けて、4月から抗がん剤治療を続けています。6月8日からは、インスリンポンプを装着しての治療が始まりました。治療と血糖管理を同時に回す毎日のなかで、強く思うようになったんです。自分の頭でやらなくていい計算は、機械に預けたい、と。

今日からしばらく、そこから自分のために作りはじめた血糖管理アプリの話を、AIと一歩ずつ作っていく過程ごと、一緒に見ていきましょう。

一番ほしかったのは、ごく単純な流れ

私が手元で軽く回したかったのは、たった2つでした。

  1. 炭水化物から食物繊維を引いた糖質(ネットカーボ)を、さっと出す
  2. その糖質と、打ったインスリン量・血糖の変化から、自分のインスリンカーボ比(ICR)を逆算する

世の中には優れたアプリや測定デバイスがたくさんあって、私もいくつも試しました。けれど「自分が一番回したい流れ」を軽く回せるものは、意外と見つからない。あったとしても、機能が多すぎて毎食ひらくには重い。あなたにも、「これだけは軽くやりたいのに、ちょうどいい道具がない」という心当たり、ありませんか。それなら、自分の生活の形に合わせて作ってしまおう、と思ったわけです。贅沢ではなく、むしろ生き延びるための省エネとして。

ひとつ先にお断りを。これは記録と「目安」計算の補助ツールです。表示される値はすべて参考であり、実際のインスリン投与量や治療方針の判断は、必ず主治医の指示に従ってください。この線引きには、シリーズの後半でしつこいくらい立ち返ります。

「自分のため」から、もう少しだけ外へ

作りはじめてみると、欲が出てきました。これは自分だけの問題じゃないな、と。

血糖管理は、わりと孤独な作業です。誰かが横で一緒に計算してくれるわけではない。「なんとなく多めに打った」「なんとなく効きが悪い気がする」——そういう“なんとなく”の積み重ねで、毎日が回っていきます。もしその“なんとなく”を、数字とグラフという共通言語に翻訳できたら、どうでしょう。自分の体の反応がパターンとして見えれば、診察のときに「事実」をもとに相談できる。医師の側も、ぼんやりした自己申告より、記録された傾向があるほうが判断しやすいはずです。

だからこのアプリのゴールは、「大層な計算をする」ことではありません。患者と医師のあいだに、事実をもとに話せる余白をつくること。そこに置きました。機能を足していくなかで、何度も立ち返る基準になっています。

つくり方の軸を、先に決めた

手を動かす前に、ぶれない軸をいくつか決めました。これが後々、判断に迷ったときの拠り所になりました。

  • 無料で、広く届ける — 同じ境遇の人に役立つなら、課金の壁は作らない。
  • 通信しない。プライバシー第一 — 入力した健康データは端末の中だけに保存し、サーバーには一切送らない。
  • PWAにする — アプリストアの審査を通さず、ブラウザで開いて「ホーム画面に追加」するだけで、全画面・オフラインで使える。
  • 外部ライブラリはゼロ。1ファイルで完結 — グラフまで自前で描く。軽くて、長く保守できる。
  • ソースを公開する — 医療まわりの道具は、計算ロジックが見えること自体が信頼になる。

「通信しない」と決めたから、健康データをどこに預けるかで悩まずに済みました。データは最初から端末の外に出ないのですから。最初の制約が、後の自由になる——これは作っていて何度も実感したことです。あなたが何かを作るときも、最初に守るべき線を1つ決めておくと、迷う回数が減り、そのぶん本質に時間を使えるはずです。

AIと作ると、考えが整理される

ここが、このブログらしいところかもしれません。私はこのアプリを、AI(Claude Code)と対話しながら育てています。

やり方はシンプルです。最初は「炭水化物から食物繊維を引いて糖質を出して、それでインスリンカーボ比を計算したい」くらいのふんわりした要望を投げる。するとAIが、足りない前提を質問してくる。「ICRは、標準的な計算式で出しますか。それとも、記録した実測データから逆算しますか」——こういう問いが返ってくると、自分の頭のなかの曖昧さに気づかされます。

私が選んだのは「実測から逆算」でした。教科書の式も出発点としては便利ですが、最後に効くのは、自分の体が実際にどう反応したかのデータです。面白いのは、この一番大事な分岐が、コードを一行も書かないうちに決まっていたこと。対話のなかで「何を作るのか」が先に固まり、実装はあとからついてくる。AIと作るというのは、手が速くなるだけでなく、考えが整理されることなのだと、やってみて分かりました。あなたがAIと何かを始めるときも、まずは曖昧なまま相談してみると、作る前に考えがほどけていきます。

完璧より、動く最小から

方針が決まってからは、速かったです。核となる「糖質計算 → 実測からのICR逆算」を実装し、記録・分析・設定の画面を備えたPWAとして、その日のうちに公開しました。

出してすぐ、地味だけど大事な気づきがありました。ブラウザにデータを保存する仕組みは、見ているURLごとに別々の引き出しになっていて、配信先のアドレスが変わると前のデータは持っていけない。健康記録を預ける以上、ここは軽く見られません。そこで早々に、記録をJSONに書き出して別の場所で読み込み直せるバックアップを入れました。完璧でなくても、「失われない」という安心は、毎日使う道具にとって何より大事です。

完璧にしてから出すのではなく、動く最小から出して、使いながら直す。当事者である私自身が毎日のユーザーなので、この回し方が一番効きました。もしあなたも自分のための道具を作るなら、まず小さく動かしてみる。直すべきところは、使えばすぐ見えてきます。

おわりに:その「毎日の計算」、ひとつ預けてみませんか

このアプリは、まだ完成していません。たぶん、ずっと完成しないと思います。私の体調も治療も変わっていくし、それに合わせてアプリも変わっていくからです。でも、それでいい。道具は、使う人の生活に寄り添ってはじめて道具になるのだと思います。

あなたの毎日にも、頭の片隅でずっと回している小さな計算や確認は、ありませんか。その全部でなくていい。まずは1つだけ、機械に預けてみる。それだけで、肝心なことに使える集中力が、少し戻ってくるかもしれません。

次回は、インスリンポンプならではの「生活の揺らぎ」——運動で基礎を下げたり、入浴でポンプを外したり——を、机上の理想ではなく現実に合わせてどう設計に織り込むか、を一緒に見ていきます。


アプリは carb-icr(無料・通信なし・ブラウザで動くPWA)。プロジェクトの概要は carb-icr のプロジェクトページ にまとめています。

本記事と本アプリは、記録と目安計算の補助です。算出・表示される値はすべて参考であり、診断・治療や実際のインスリン投与量の決定を行うものではありません。投与量・治療方針は必ず主治医の指示に従ってください。