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7 min read AI協働開発健康

連載「carb-icr 開発日誌」· 第6編/全14編

ボトルネックは、思っていた場所になかった

自動化したい本丸が、途中で入れ替わった(開発日誌 6)

糖質の入力をなくしたくて始めた自動化が、途中から血糖の話に入れ替わりました。一番面倒だと思っていた場所と、本当の難所は別だった。調べて初めて中心がずれた、その仕組みを一緒に。

安宅春樹 (Ataka Haruki)

— AZASLAB代表 ・ AIエージェント開発ディレクター

— Shimizu Fumio Architects Co., Ltd. 取締役

一番の難所だと思っていた場所が、実は違った

ここが一番のネックだと見当をつけて取りかかると、その見当が外れていることがあります。本当の難所は、手をつけてみるまで別の場所に隠れていた、という展開です。今日は、自動化の本丸が途中で入れ替わった話を通して、難所の見当の立て方を一緒に考えます。

前回は、データの出口を1つずつ叩いて、糖質の自動取得が思ったより難しいと分かったところまででした。私はずっと、毎食の糖質入力こそが、なくしたい手間の本丸だと思っていました。ところが、調べを進めるうちに、話の中心が別の場所へ移ります。今日は、その入れ替わりの話です。自動化したい本丸は、最初に思っていた場所には、ありませんでした。

糖質のつもりが、血糖の話になった

きっかけは、私が使っているセンサーの機種を、相談のなかで口にしたことでした。血糖を測りつづけるタイプの、よく知られたセンサーです。それを伝えると、AIの返しの向きが変わりました。それなら、糖質の入力より先に、血糖のほうを丸ごと自動化できる見込みが高い、と言うのです。

これは、こちらが手の内のどの1枚を見せるかで、引き出せる答えが変わる例でもあります。私は糖質の話をしに来たつもりでしたが、使っている機材という別の手札を見せたとたん、相手はその手札に合う近道を持ってきた。相談では、用事だけでなく、いま手元に何があるかも併せて伝えると、想定していなかった道が開くことがあります。

仕組みはこうでした。そのセンサーには、家族や見守る人が値を共有できる機能があります。その共有の仕組みに、自分用のもう1つのアカウントを招いておく。すると、そのアカウントを通して、自分の血糖の値を、サーバー側からほぼリアルタイムで受け取れる。これは、糖尿病のデータを自分で扱う海外のコミュニティが、長く使ってきた定番のやり方でした。前回、合流地点まで血糖の値が流れてきていた、と書きました。あの副産物の出口が、ここで本筋として効いてきたわけです。

糖質の出口を探していたはずが、血糖という別のデータに、もっと素直な出口があった。聞きに来た用事と、見つかった答えが、別の場所にありました。

一番忘れやすい一手が、構造的に消える

血糖が自動で取れると、何が変わるのか。最初に思いついた効きどころは、食前の血糖を手で入れる手間が省ける、という点でした。でも、本当に効くのはそこではありませんでした。

実測からインスリンと糖質の比を逆算するには、食事の前だけでなく、食事のあと、2、3時間後の血糖が要ります。この食後の値が、逆算には欠かせないのに、いちばん測り忘れやすい。食べて、しばらくして、気づいたら測りそびれている。私の記録に穴があくのは、たいていここでした。ところが、血糖をシステムが勝手に取りに行けるなら、この食後の値も、自分が覚えていなくても後から埋まります。忘れやすい一手を、意志の力でがんばるのではなく、仕組みのほうで消してしまえる。手間が省けるというより、穴があく原因そのものが無くなる。ここが、糖質の転記をなくす以上に、私の運用にとって大きい変化でした。

ここに、習慣が続くかどうかの分かれ目が1つ見えます。続かない習慣の多くは、難しいからではなく、忘れるから途切れます。食後に測る、という一手は、難しくはありません。ただ、食事のあとは別のことに注意が向くし、2、3時間後というのは、たいてい何か別の作業をしている時間です。問題は意志の強さではなく、思い出すきっかけが無いことのほうにある。そこに意志で立ち向かうより、思い出さなくても埋まる仕組みを置くほうが、結果として長く続きます。自動化の値打ちは、速さよりも、忘れても成り立つことのほうにあるのかもしれません。これは、糖質や血糖に限らず、続けたい記録ぜんぶに当てはめられる見方だと思います。

面倒だと思っていた糖質入力より、忘れがちな食後血糖のほうが、逆算の質を左右する本当のボトルネックでした。手間の量と、質への効き方は、別々に数えないと取り違えます。

ただし、非公式の道には影もある

いい話ばかりではありません。相棒のAIは、ちゃんと釘も刺してくれました。

このやり方は、メーカーが正式に用意した窓口ではなく、非公式の道です。だから、メーカー側の都合で、ある日とつぜん使えなくなってもおかしくない。頼りきった設計にすると、その道が閉じたときに、システム全体が一緒に倒れてしまいます。それに、センサーの値には、わずかな誤差と、十数分ほどの時間のずれがつきものです。血糖が低い側にあるかどうか、といった安全に関わる判断を、この値だけに委ねるのは危うい。だから、低い側の見きわめは、これまでどおり慎重に。便利さに飛びつく前に、影の部分まで併せて確かめられたことが、このあとの設計を一段堅くしました。

これは自分の体のために自分で使う、自作自用の道具だからできる割り切りでもあります。壊れたら手入力に戻ればいい。最悪でも、アプリは動きつづける。そういう逃げ道を用意したうえで、便利な近道を使う。影を知ったうえで使うのと、知らずに乗っかるのとでは、壊れたときの慌て方がまるで違います。

道は、誰かが先に切り開いていた

もうひとつ、書いておきたいことがあります。この血糖の道が拓けたのは、私が賢かったからではありません。同じ困りごとを抱えた人たちが、先に道を切り開いて、そのやり方を共有してくれていたからでした。自動化できるかどうかは、技術が世の中に存在するかだけでなく、誰かが先にその道を歩いて、地図を残してくれているかにも左右されます。

新しいことを一から切り開くより、すでにある地図を探すほうが、ずっと早いことがあります。私がやったのは、発明ではなく、先人の地図を見つけて、自分の道具に引き込むことでした。何かを自動化したくなったら、まず手を動かして作り始める前に、同じ困りごとの人が、どこかで先に解いていないかを探す。それだけで、大きな近道になることがあります。探す手がかりは、機種名や、その分野で使われている言葉です。自分の困りごとを、他の人が使うであろう語に翻訳して検索すると、地図は見つかりやすくなります。だからこそ、自分が歩いた道も、こうして書き残しています。次に同じ場所で迷う人の、地図の1枚になればと思うからです。

ボトルネックは、最初の想定とずれる

ふりかえると、この一日は、問いの入口と出口がずれた一日でした。糖質の自動化を相談しに来たはずが、先に血糖の自動化の道が拓けた。一番なくしたい手間だと思っていた場所と、逆算の質を本当に左右する場所が、別だった。

これは、調べてみないと分からないことでした。机の上で「きっと糖質入力が一番のネックだ」と決めつけたまま作っていたら、面倒は減っても、肝心の記録の穴は残ったままだったはずです。ボトルネックは、思い込みの中ではなく、現実を1つずつ確かめた先に姿を現す。そして時々、それは最初に睨んでいた場所とは、別のところに立っています。見当と現物がずれたときに、現物のほうへ素直に乗り換えられるかどうかが、設計の出来を分けます。

あなたが「ここが難所だ」と思ったら

もしあなたが、何かを作ろうとして「ここが一番のネックだ」と感じたら、その直感を、いったん仮置きにしてみてください。本当にそこが難所か。調べていくと、もっと効く場所、もっと困りごとの本体に近い場所が、別に見つかるかもしれません。仮置きにする、というのは、見当を捨てることではありません。確かめるまでは結論にしない、というだけのことです。

難所の見当をつけるのは大事です。でも、それを確かめずに最後まで握りしめると、減らさなくてもいい手間を一生けんめい減らして、肝心の穴を見落とすことになりかねない。どこが本当のボトルネックかは、手を動かして調べた人にだけ見えてきます。頭の中の地図ではなく、足で歩いた地図にだけ、本当の難所は描き込まれます。確かめる手立ては、大げさなものでなくてかまいません。今回なら、使っている機種を1つ口にしただけで、中心が動きました。手元にあるものを1つずつ相手に開いていく、その積み重ねが、思い込みの地図を現実の地図に描き直していきます。次回は、そうやって現場の制約を1つ明かすたびに、設計そのものが組み変わっていった話を。私が小出しにする情報が、ぜんぶ設計を動かしていました。


これは、自分の治療のために作っている自作自用版での話です。広く公開しているのは記録と集計に絞った carb-icr(無料・通信なし・ブラウザで動くPWA)。プロジェクトの概要は carb-icr のプロジェクトページ に。

本アプリは記録と集計の補助で、表示される値はすべて参考です。診断・治療、インスリン投与量の計算、治療パラメータの決定は行いません。投与量・治療方針は必ず主治医の指示に従ってください。