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7 min read AI協働開発健康

連載「carb-icr 開発日誌」· 第11編/全14編

人が知っていることを、AIに渡す

推測させる前に、確かな手がかりを1つ添える(開発日誌 11)

写真だけでは、AIはどの料理か、どれだけの量かを推測するしかありません。でも、それを注文した私は知っている。知っていることを一言添えるだけで、見積もりは見違えました。推測させる前に確かな手がかりを渡す、その小さなこつを一緒に。

安宅春樹 (Ataka Haruki)

— AZASLAB代表 ・ AIエージェント開発ディレクター

— Shimizu Fumio Architects Co., Ltd. 取締役

私が知っていることを、AIは知らない

AIに何かをまかせるとき、自分はもう答えを知っているのに、それを言わずに推測させてしまう。よくある段取りの取りこぼしです。今日は、その取りこぼしをどう埋めたか、という話をします。

前回は、AIが知らないものを、その都度調べさせる話でした。今日は、その「調べさせる」よりもっと手前の、ささやかな一手の話です。写真から食事の糖質を見積もるとき、AIは画像だけを頼りに、これは何の料理で、どれくらいの量か、を推測します。でも、よく考えると、その料理を選んで、目の前に置いたのは私です。何を食べているか、私はもう知っている。なら、その知っていることを、先に渡してしまえばいい。今日は、その小さな受け渡しの話です。

写真だけだと、AIは二重に当てずっぽうになる

写真からの糖質の見積もりが難しいのは、2つの当てずっぽうが重なるからでした。1つは、これは何の料理か、という見分け。似た見た目の料理はいくらでもあるし、味付けや隠れた材料は写真に写りません。もう1つは、どれくらいの量か、という見積もり。同じ一皿でも、盛りはまちまちです。丼の底のご飯の詰まり具合は、上からの写真では分かりません。

この2つを、AIは画像だけから当てにいきます。そしてどちらも、外しやすい。前回、新しい料理で値が低く出たのも、もとをたどればこの当てずっぽうのせいでした。けれど、ここで立ち止まると、見落としに気づきます。その2つの当てずっぽう、何の料理で、どれだけの量か、を、私はたいてい、もう知っているのです。

2つの当てずっぽうのうち、片方が「事実」に置き換わるだけでも、誤差はだいぶ減らせます。料理名が分かれば、見分けの当てずっぽうは要らなくなる。残るのは量の見積もりだけです。さらに量の手がかりも渡せれば、当てずっぽうはほぼ消えます。AIに難しい推測を2つ重ねさせるより、私の手元にある事実を先に置くほうが、出発点として強い。難しさを増やすのではなく、難しさそのものを減らす方向に手をかけたわけです。

知っていることを、一言だけ添える

そこで、写真を渡すときに、知っている情報を一言そえられるようにしました。お店の名前、メニューの名前、それに「大盛り」といった量の手がかり。たとえば、あるファミリーレストランの目玉焼きハンバーグの、ライス大盛り。それを言葉で添えてから、見積もらせる。

結果は見違えました。AIは、写真の見た目から当てるのをやめて、私が渡した確かな手がかりのほうを軸に組み立て直します。「大盛り」と伝えれば、ご飯の量も、ふつう盛りではなく大盛りの量で見積もり直してくれる。あいまいな写真の代わりに、私の知識が、見積もりの土台になったわけです。当てずっぽうの1つ目、何の料理か、は、私が名前を渡した時点で、消えました。2つ目の量も、「大盛り」の一言で、ぐっと現実に近づきました。

そして、この手渡しには、もう1つの効き目がありました。私が料理の名前を渡すと、AIはその名前を入口にして、前回の「調べにいく」もできるようになるのです。名前が無ければ、何を調べていいか分からない。名前があれば、その料理の公式の情報をたどっていける。つまり、私の一言は、見積もりの土台になるだけでなく、AIが今を調べに行くための入口にもなっていました。確かな手がかりを1つ渡すことが、2つの仕事をまとめて前に進めていたわけです。

AIに足りないのは、賢さではなく、現場にいないこと

ここで見えてきたのは、AIに足りないのは賢さではない、ということでした。AIは、渡された写真をとても上手に読みます。足りないのは、その料理が、どこの、何という名前の、どんな量のものか、という現場の事実です。理由はかんたんで、AIはその場にいないからです。注文を聞いていないし、メニューを見ていないし、盛りつけを横から見てもいない。

たとえるなら、道で知らない人に「この袋、何グラムだと思う?」と当てさせるようなものです。相手がどんなに目利きでも、中身を知らなければ、見た目から当てるしかない。でも、袋を持ってきた本人なら「お米、2合」と一言で済む。当てさせるか、教えるか。同じ相手でも、こちらが知っていることを渡すかどうかで、答えの確かさはまるで変わります。

その場にいた私だけが、確かに知っていることがある。だったら、それを推測させるのは、割に合いません。黙っていれば、AIは当てにいって、それでも外す。私はあとで、その外れた値を直すことになる。知っているのに渡さないと、AIの当てる手間と、私の直す手間と、二重の無駄が生まれます。先に渡しておけば、その両方が、まるごと要らなくなります。前に、設計のときも、私だけが知っている事情を明かすたびに答えが良くなった、と書きました。あれと根は同じです。あのときは、アプリの作りや契約といった、設計の前提でした。今回は、目の前の一皿という、使うその瞬間の事実です。場面は違っても、人がやることは変わりません。自分だけが知っている確かなことを、推測の手間に変えず、先に手渡す。それだけで、AIは推測から、参照へと切り替わります。設計の話と現場の話が同じ原理で説明できる、というのは、この原理がそこそこ広く効く見込みがある、ということでもあります。

知らないときは、知らないと渡せばいい

もちろん、いつも料理名まで分かるとは限りません。人からもらったお惣菜で、何が入っているか自信がないこともあります。そういうときは、無理に断定する必要はありません。手がかりが無ければ、これまでどおり写真から見積もればいい。分かる範囲だけ渡して、あとはまかせる。

肝心なのは、知っているのに黙っていない、という一点です。確かに知っていることは渡す。あいまいなことは、あいまいなまま渡すか、渡さない。この線引きさえ守れば、間違った思い込みを押しつけて、かえって見積もりを狂わせる、ということも避けられます。確かなことだけを、確かなものとして渡す。手渡しの作法は、それだけでした。ここで1つ補っておくと、あいまいな手がかりをそれと分かるように渡すのも、1つの情報です。「たぶん大盛りだと思う」と添えれば、AIはそれを断定としてではなく、確からしさの低い手がかりとして扱える。知っていることは事実として、自信のないことはその度合いごと、渡す。確かさのラベルまで一緒に渡すと、AIの組み立て方も変わってきます。

あなたがAIに何かをまかせるとき

もしあなたが、AIに何かを見積もらせたり、書かせたり、調べさせたりするとき。その前に、一呼吸おいて、自分に問いかけてみてください。これ、私はもう答えの一部を知っているんじゃないか、と。

知っているなら、それを推測の材料にさせず、先に渡す。AIは、その場にいません。だから、現場にいたあなたの一言が、いちばん効く手がかりになります。賢いお願いの仕方を覚えるより、自分が確かに知っていることを、惜しまず渡す。多くの場面で、それが手軽で、よく効く一手になります。

今日からできるのは、AIにお願いするときに、自分が確かに知っている事実を、1つか2つ、文のはじめに置くことです。これは何で、どういう状況のものか。それだけで、AIはあなたの現場に立った答えを返しやすくなります。うまい言い回しを探すより、ずっと手堅い近道です。私たちはつい、AIにぜんぶ察してほしくなりますが、察させるより、教えるほうが、たいてい早い。知っていることを渡すのは、手抜きではなく、協力のうちで誠実なやり方の1つだと考えています。次回は、できあがったものが「ちゃんと表示されているか」を、自分の目で確かめるまで分からなかった話を。動くことと、ちゃんと出ることは、別でした。


これは、自分の治療のために作っている自作自用版での話です。広く公開しているのは記録と集計に絞った carb-icr(無料・通信なし・ブラウザで動くPWA)。プロジェクトの概要は carb-icr のプロジェクトページ に。

本アプリは記録と集計の補助で、表示される値はすべて参考です。診断・治療、インスリン投与量の計算、治療パラメータの決定は行いません。投与量・治療方針は必ず主治医の指示に従ってください。