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7 min read AI協働開発健康

連載「carb-icr 開発日誌」· 第13編/全14編

足すより、削る

作れることと、作るべきことは、違った(開発日誌 13)

写真から食事を解析できると分かると、つい「ついでにあれもこれも」と欲が出ます。でも、目的に要らない機能は作らない。最小で出して、欲しくなったら足す。足すより削るほうが難しくて、よく効いた話を、一緒に。

安宅春樹 (Ataka Haruki)

— AZASLAB代表 ・ AIエージェント開発ディレクター

— Shimizu Fumio Architects Co., Ltd. 取締役

「ついでに、あれもこれも」が始まったら

何かが作れると分かったとたん、つい「ついでに、あれも、これも」と欲が出てくる。よくある入り方です。今日は、その手前にある分かれ道、そもそも何を作って、何を作らないかを一緒に考えます。写真から食事を読み取れると分かった瞬間、私の頭にも、いくつもの「ついで」が浮かびました。でも、それを片っぱしから作るのはやめました。足すより削るほうが難しくて、そして、よく効いた。その理由を、順に見ていきます。

前回は、できあがったものを自分の目で確かめる話でした。確かめる前に、そもそも何を作るかを絞っておくと、確かめる対象もはっきりします。今日は、その絞り込みの話です。

作れると分かると、欲が出る

写真を解析できるなら、食べたものを記録として残せるはずです。だったら、料理の名前や写真を一覧にして、あとから見返せるようにしたら楽しいかもしれない。よく食べるものを覚えておいて、次から呼び出せたら便利そうだ。アップした写真も、せっかくだから保存しておけば使い道がある。1つできると分かると、その周りに、いくらでも「あったらいいな」がぶら下がってきます。

この「あったらいいな」は、放っておくと危ない引力でした。あったらいいな、を全部作ると、道具はみるみる重く、複雑になっていきます。そして気づくと、最初に解きたかった困りごとから、ずいぶん遠いところで、別のものを作っている。私がほしかったのは、食事を管理するアプリではありませんでした。インスリンと糖質の比を逆算するために、必要な数字を入れる手間を減らす。それだけが、目的でした。

これは、私だけの癖ではないと思います。便利な道具が、いつのまにかボタンだらけになって、結局ぜんぶは使わない。最初はすっきりしていたものが、良かれと足されたものの重みで、だんだんもたついていく。作る側に立つと、その「良かれ」の引力が、内側からよく分かります。1つできると、隣に空いている場所が見えて、そこを埋めたくなる。理由はおそらく、埋めるほうが手を動かしやすいからです。何を作らないかを決めるには、目的に照らして考える一手間が要る。何かを足すのは、その一手間を飛ばして、すぐに進んだ気分になれる。だから手が先に動き、いつのまにか、埋めること自体が目的にすり替わります。

目的に照らして、ばっさり削る

そこで、浮かんだ「ついで」を、1つずつ、目的に照らしました。この機能は、入力の手間を減らすために要るか。要らないなら、作らない。判断の基準を1つに固定すると、迷いが減ります。

料理の写真や名前を、あとから見返せる一覧。それ自体は使い道のある機能ですが、逆算には要りません。よく食べるものを覚えて呼び出す仕組み。便利そうですが、いまの目的からは外れます。アップした写真の保存。これも、解析が終われば用済みで、取っておく理由がない。どれも、それ単体ではいい機能です。でも、私の目的には要らない。だから、ぜんぶ見送りました。残したのは、写真から糖質を読み取って、確認して、記録に入れる。その一本道だけです。

削るのは、足すより、ずっと判断が要りました。作れるのに作らない、というのは、もったいない選択に見えます。でも、そのもったいなさに負けて全部足すと、目的のぼやけた、重い道具ができあがる。要らないものを足さない、というのも、立派な設計の判断でした。

足す判断は、自分のアイデアにうなずくことです。削る判断は、自分のアイデアに首を振ることです。同じ思いつきでも、肯定するほうが手早く前へ進めるし、否定するには1度立ち止まって理由を確かめる手間が要る。だから人は、足すほうへ流れます。削るのが難しいのは、技術の問題ではなく、判断の重さのほうに理由がありました。その重さを引き受けて「今回は要らない」と言えるかどうかが、道具を軽く保てるかの分かれ目です。

それに、削るというのは、手を抜くことではありません。むしろ逆で、何を残すかをはっきりさせるぶん、残した一本には、より丁寧に手をかけられます。あれもこれもに薄く力を配るより、1つのことを、ちゃんと使えるところまで仕上げる。最小で出すというのは、少なく作ってお茶を濁すことではなく、いちばん大事な1つに、力を集めることでした。

「いつか欲しくなったら」で、十分だった

見送るとき、自分にこう言い聞かせました。いま要らないなら、作らない。もし将来、食べたものをちゃんと管理したくなったら、そのとき足せばいい、と。

この言い聞かせが、思いのほか効きました。「いつか必要になるかも」で先回りして作ったものは、たいてい、そのいつかが来ないまま、重荷だけが残ります。使われない機能は、ただ場所を取るだけでなく、ほかを直すたびに、気をつかう相手が1つ増える。直すたびに「これを壊していないか」を確かめる手間が、機能の数だけ積み重なっていくわけです。だったら、本当に必要になった瞬間まで、作らないでおく。そのときには、何が必要かが、もっとはっきり見えているはずです。未来の自分のために良かれと先回りするより、いまの目的に集中して、必要は必要になってから足す。そのほうが、結局すっきりと、長く使える道具になりました。

写真を取っておくのをやめたのも、同じ考えからでした。いまは使い捨てで十分。もし将来、食べたものを写真で振り返りたくなったら、そのときに保存の仕組みを足せばいい。先に倉庫を建てておく必要は、ありませんでした。倉庫を建てれば、中身を整理する棚も、出し入れの導線も、あとから要ります。1つの先回りは、その先回りを支えるための仕事を、さらに連れてきます。

先回りして作ったものには、もう1つ、見えにくい代償があります。それは、選択肢を狭めることです。早くにあれこれ作り込むほど、その作りに引きずられて、あとから方針を変えにくくなる。何も作っていない余白は、一見たよりなく見えて、実は自由でした。まだ決めなくていいことを、決めずにおく。その身軽さが、目的がはっきりしてから、いちばん良い形を選び直す余地を、ちゃんと残してくれます。作らないでおくことは、後退ではなく、次の一手のための余白でした。

あなたが「あれもこれも」と思ったら

もしあなたが、何かを作っていて、ついでにあれもこれも作れそうだと欲が出てきたら、その一つひとつを、最初の目的に照らしてみてください。これは、いま解きたい困りごとのために、要るものか。要らないなら、思いきって見送る。

作れることと、作るべきことは、別です。作れるからといって作ると、道具は目的を見失って、重くなる。いちばん効いたのは、新しい機能ではなく、足さないという判断のほうでした。最小で出して、本当に欲しくなったら、そのとき足す。欲しくなってから足すのは、簡単です。でも、要らないものを後から削るのは、ずっと難しい。すでに使われていれば壊せないし、ほかの機能と絡んでいれば、ほどく手間も増える。だから、絡む前の、はじめのうちに削っておく。

今日からできるのは、何かを作り始める前に、目的を一文だけ書いておくことです。私はこれで、何を解きたいのか。その一文を、机のはしに置いておく。新しい「ついで」が浮かぶたびに、その一文と照らしてみる。合わなければ、見送る。たったそれだけで、道具が目的からじわじわ離れていくのを、だいぶ食い止められます。一文があると、見送る理由を、その都度ひねり出さずに済みます。基準が外にあるぶん、判断が軽くなる。削るのは、捨てることではなく、いちばん大事なものを、いちばん見えるところに残すことでした。次回は、その削ぎ落とした道具に、ひとつだけ、最後まで守ったことの話を。自動化しても、人の手を奪ってはいけませんでした。


これは、自分の治療のために作っている自作自用版での話です。広く公開しているのは記録と集計に絞った carb-icr(無料・通信なし・ブラウザで動くPWA)。プロジェクトの概要は carb-icr のプロジェクトページ に。

本アプリは記録と集計の補助で、表示される値はすべて参考です。診断・治療、インスリン投与量の計算、治療パラメータの決定は行いません。投与量・治療方針は必ず主治医の指示に従ってください。