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7 min read AI問いコンテンツづくり働き方

連載「AIと、本を売ってみる」· 第9編/全9編

AIに任せて、結局なにが残ったか

手放したのは作業、残したのは判断と問い

AIに実装を任せた、本の販売実験。8回をふり返ると、自分の手元に残ったのは、決めること、確かめること、問いを立てることでした。任せるほど要る、人の仕事の話です。

安宅春樹 (Ataka Haruki)

— AZASLAB代表 ・ AIエージェント開発ディレクター

— Shimizu Fumio Architects Co., Ltd. 取締役

AIに任せたら、自分の仕事はなくなる——のでしょうか

AIに任せれば任せるほど、自分のやることが減っていく。速くて、楽で、ありがたい。なのに、ふとした拍子に、心細くなることはありませんか。これだけ任せて、自分はいったい、何をする人なのだろう、と。

この連載では、自分のKindle本『AIに聞くほど考えられなくなる?』を、Pinterestから売ってみる実験を、8回にわたって書いてきました。Pinの文案も、画像も、説明文も、ほとんどはAIに作らせています。私自身は、ほとんど手を動かしていません。

だとすれば、最後にひとつ、確かめておきたいことがあります。これだけAIに任せて、結局、自分の手元には何が残ったのか。今日は、連載の締めくくりとして、その話をします。たぶんこれは、あなたがこれからAIに何かを任せるときにも、そのまま効いてくる話です。

任せたのは「作業」、残ったのは「判断」

ふり返ってみると、線は、きれいに一本引けました。AIに渡したのは、いつも「作業」のほうでした。書くこと、形にすること、たくさんの案を出すこと。そして自分の手元に残ったのは、いつも「判断」のほうでした。決めること、確かめること、問いを立てること。

連載でお話ししたことは、ぜんぶ、この線の上にありました。

第1編では、AIが本にない言葉を、もっともらしい顔で作ってきました。私がしたのは、それを書くことではなく、本の言葉に引き戻し、出典をひとつずつ確かめることでした。第3編では、AIが整えた見た目のいい1枚に、私はいったん手を止めて、好みではなく、調べた根拠で作り直させました。第4編では、AIが本の中だけで通じる比喩をそのまま使ってきたのを、初めての人の目で読み返して、書き直させました。

作る手はAIで、止める目は私。ずっと、その役割分担でした。第2編で、作り込む前に「届け方」のほうを先に確かめると決めたのも。第5編で、目を引く煽り文句を使わないと決めたのも。第7編で、古びる話を本文から外し、1か所に集めると決めたのも。どれも、手を動かす仕事ではありません。どちらへ進むかを、決める仕事です。

第8編の、計測が動かなかった話も、同じでした。実装したのはAIで、そこに小さなつまずきが残っていた。私がしたのは、書き直すことではなく、どこが原因かを、ひとつずつ測って確かめることでした。

こうして並べてみると、はっきりします。AIにどれだけ任せても、最後まで自分の側に残っていたのは、いつも同じ3つでした。決めること。確かめること。そして、そもそも何を問うか。

なぜ、その3つは人に残るのか

なぜ、この3つだけは、渡せなかったのでしょう。

AIは、もっともらしいものを、速く、たくさん出すのが、とても得意です。けれど、「これは本当か」を、最後に引き受けることはできません。出てきた言葉が本にあるかどうかは、本を世に出す私が、確かめるしかない。AIは、いくらでも案を出せますが、「これでいく」と決めて、その結果を引き受けるのも、私の側です。そして何より、「そもそも何を問うべきか」は、AIには立てられません。問いだけは、人から始まるのです。

言いかえると、AIに渡せるのは、答えへ向かう手つきのほうで、渡せないのは、どの答えを選ぶかという、ものさしのほうでした。価値の基準と、文脈と、責任。この3つは、任せた先のどこにも、置いてくることができません。

おもしろいことに、これは、売っている本そのものが言いたかったことと、ぴたり重なっていました。『AIに聞くほど考えられなくなる?』が伝えたいのは、AIの時代に本当にこわいのは、AIが間違えることより、私たちが「考えたつもり」になって、確かめなくなることだ、ということです。だからこれから要るのは、答えを速く手に入れる力ではなく、自分の問いを育てる力のほうではないか、と。

その本を、AIに任せて売る。すると、本が「人に残る」と言っていたものが、そのまま、実験のなかで自分の手元に残りました。本を読んで知るのと、売りながら身をもって確かめるのとでは、腹への落ち方が、ずいぶん違いました。

手を動かさないからこそ、見えるものがある

AIに任せると、ひとつ、思いがけない効き目がありました。自分が手を動かしていないぶん、出てきたものを、すこし離れて、冷たい目で見られるのです。

自分で何時間もかけて書いた文章は、なかなか直せません。そこに愛着がわいて、粗が見えなくなる。でも、AIが数秒で出してきた1枚なら、私はためらわずに「これは違う」と言えます。本にない言葉も、独りよがりな比喩も、煽りの見出しも、もし自分で書いていたら、気づかずに通してしまっていたかもしれません。作る人と、確かめる人が、別だったからこそ、見えた。

だから私は、AIに任せることを、手抜きだとは思っていません。むしろ逆で、任せるほど、確かめる仕事は増えます。放りっぱなしにすれば、もっともらしい間違いが、そのまま世に出ていく。任せるというのは、ぜんぶ手放すことではなく、手を引いたぶん、目を凝らすことなのだと思います。遠くの観客になることではなく、作る現場のすぐ隣で、ずっと見ている人になること。

これは、これからどんどん効いてくる構えだと思っています。AIが上手になればなるほど、出てくるものは、ますますもっともらしくなる。そうなったとき、値打ちを分けるのは、速く作れることではなく、出てきたものに「これでいいか」と立ち止まれることのほうです。

あなたが任せるとき、何を手元に残すか

では、ここから持ち帰れることを。

AIに何かを任せるとき、ぜんぶを渡してしまわずに、3つだけ、自分の手元に残してみてください。

ひとつめは、決めること。どの案でいくか、どの方向へ進むかは、自分で決める。AIにたくさん出させて、その中から選ぶのはかまいません。でも、選ぶ最後の一手は、人に残す。

ふたつめは、確かめること。出てきたものを、うのみにせず、元と突き合わせる。これは本当か。根拠はどこか。たったひと手間ですが、この連載でつまずきかけたところは、いつも、ここを省きかけた場所でした。

みっつめは、問うこと。そもそも何を作るのか、何のために、誰に向けてか。この問いは、AIからは出てきません。あなたが立てるしかない。そして、いちばん大事なのも、たぶんここです。

逆に言えば、この3つさえ手元にあれば、作る作業のほうは、安心して任せられます。手放すものと、手放さないものを、先に分けておく。それだけで、AIは、自分を肩代わりする相手ではなく、自分の判断を速く形にしてくれる、心強い相棒に変わります。

任せながら、考えることをやめない

この連載を貫いていた問いは、ひとつでした。AIに任せながら、考えることをやめないでいられるか。

8回の実験を終えて、答えは、すこしはっきりしました。任せることと、考えることは、ぶつかりません。手を任せて、頭は手放さない。作業を譲って、判断は握る。そうしているかぎり、AIにどれだけ頼っても、考える力は、奪われるどころか、いちばん大事なところに残りつづけます。

『AIに聞くほど考えられなくなる?』。この問いに、私なりの答えを返すなら、こうです。AIに聞くほど考えられなくなるのは、聞いた答えで、考えるのをやめてしまったときだけ。聞いたうえで、なお問いつづけるなら、考える力はむしろ、前より使われていきます。

もしあなたが、これからAIと何かを作ろうとしているなら。どうか、ぜんぶを渡してしまわないでください。手を動かす仕事は、気持ちよく任せていい。けれど、決めること、確かめること、問うことだけは、自分の手元に。その3つを握っているかぎり、あなたはAIに使われるのではなく、AIを使う側に、ずっと立っていられます。

ここまで、長い実験のみちのりに、おつきあいくださってありがとうございました。あなたが次に何かをAIと作るとき、この連載のどこか一行が、ふと役に立つことがあれば、これにまさる喜びはありません。