連載「温故知新マーケティング実験室」· 第1編/全13編
AIだけでブログを運営したら、どこまでいけるのか
人を観察者に置いた、自律運営のはじまり(連載 1)
記事を選ぶのも、書くのも、公開を決めるのも、ぜんぶAIに任せたらどうなるのか。人を「観察者」に置いた小さな実験の全体像と、AIに何を渡し何を手元に残すかの線の引き方を、一緒に。
連載「温故知新マーケティング実験室」· 第1編/全13編
人を観察者に置いた、自律運営のはじまり(連載 1)
記事を選ぶのも、書くのも、公開を決めるのも、ぜんぶAIに任せたらどうなるのか。人を「観察者」に置いた小さな実験の全体像と、AIに何を渡し何を手元に残すかの線の引き方を、一緒に。
文章を手伝ってくれるAIは、もうめずらしくありません。見出しを考えさせる、下書きを起こさせる、英語の記事を要約させる。「一部を手伝ってもらう」使い方は、すっかり日常になりました。では、もう一歩だけ踏み込んでみたら、どうでしょう。記事を選ぶのも、書くのも、公開していいかを決めるのも、ぜんぶAIに渡してしまったら——そんな問いを、頭の片隅で転がしたこと、ありませんか。
AZASLABでは、その問いに正面から向き合うために「温故知新マーケティング実験室」という小さな実験を始めました。英語圏のマーケティング記事をAIエージェントの集まりが集め、選り分け、古い手法の本質を抜き出し、いまのWeb技術やAIと掛け合わせ、アイデアにし、批評し、日本語の記事に書いて、ブログに公開する。ここまでを、人の手を入れずに回せるかを試しています。今日はその初回として、何を作ろうとしているのか、そしてなぜ人を「観察者」の位置に置いたのかを、一緒に見ていきましょう。
仕組みは、役割の違うAIを一列に並べたパイプラインです。少し具体的にたどってみます。
まず収集役が、英語圏のフィードから新しい記事を拾ってきます。次に選別役が、後の工程に渡す価値があるものだけを残し、あとは捨てます。残った記事は、要点を日本語にする役、古典的なマーケティング原理へ分解する役、それを現代の技術につなぎ直す役へと渡っていきます。そこからアイデアを起こす役が実用的な案を立て、批評する役がその案を多角的に検証します。最後に、執筆役が日本語の記事に書き起こし、公開役がWordPressへ投稿する。この流れのどこにも、人が文章を直す場面はありません。
ほとんどの工程は、低コストで速いひとつのモデルに任せています。ただし「アイデアを生む」ところと「それを批評する」ところの2か所だけは、性質の違う複数のモデルに同じ問いを並列で考えさせ、審判役のモデルが論点と盲点を整理する、重いやり方を使っています。考えの多様性が質を左右する場面に、コストを集中させるという判断です。安く速く流せるところは安く流し、間違いの代償が大きいところにだけ手厚くする。任せ方にも濃淡をつけているわけです。
予算は1日およそ100円。その範囲で、まずは1日2本を公開する設定にしています。お金の使い方そのものも実験の一部で、どこにいくらかけると質がどう変わるのかを見ています。
ここがこの実験のいちばんの肝なので、はっきり書いておきます。人が関わるのは、最初の設定と、結果の観察だけです。テーマ、情報源、実験の条件。決めるのはそこまで。あとは記事を選ぶのも、書くのも、公開してよいかを判断するのも、AIにゆだねます。書き上がった記事に、私が筆を入れることはありません。
なぜ、わざわざ手を引くのか。それは、この実験で確かめたいのが「人が頑張れば良い記事が作れるか」ではなく、「人が頑張らなくてもどこまで成り立つか」だからです。人が要所要所で直してしまうと、うまくいったように見えても、それがAIの力なのか人の補正なのか分からなくなります。だから、あえて手を出さない範囲を先に決めました。
ループは二重になっています。内側では、AIが収集から公開までを自分で回します。外側では、人がその様子をただ眺めます。AIの稼働と判断はレポートとして書き出され、私はそれを読んで、いま読んでいただいているこの開発ログに考察を残していく。記事そのものに介入するのではなく、実験を外から観察する立場です。じつはこの連載自体が、外側のループの一部なんですね。
この「人=判断と観察/AI=実装」という線の引き方は、ブログ運営に限らず使える物差しだと感じています。AIに何かを任せるとき、どこまでを渡してどこを手元に残すか。その線を、なんとなくではなく、最初に言葉にして決めておく。それだけで、結果を後から落ち着いて読めるようになります。
こう書くと、さぞ立派な記事が量産されるのを期待していると思われるかもしれません。でも、ねらいはそこにありません。
この実験の成功は、完璧な記事でも、たくさん読まれるブログでもない、と最初に決めました。確かめたいのは、AIだけで英語圏のマーケティングを読み解いてブログを運営すると、どこまで知識化・運営ができて、どこから壊れるのか。そして、公開後の反応を手がかりに、人の介入なしで運営が改善していくのか。この2つを、観察できる状態にすること。それを成功と呼ぶことにしました。
目的を「完璧を作る」から「どこで壊れるかを見る」に置き換えると、見える景色が変わります。うまくいかなかった出力が、失敗ではなく観察対象になる。ノイズばかり溜まるかもしれないし、AIが自分の評価だけを頼りに改善を続けて、見当違いの方向へ進むこともありえます。けれど、そのつまずき方こそが知りたいことなので、無理に隠したり直したりする必要がありません。実験として回り続け、学びが手元に残っていきます。
もしあなたが新しい仕組みを試そうとしているなら、これは案外使える構え方です。「完成させる」と決めると、うまくいかない部分が重荷になります。でも「どこで壊れるかを見る」と決めておけば、つまずきがそのまま収穫になる。同じ作業でも、背負うものが軽くなります。
ひとつ、正直に向き合わないといけない弱点があります。人が記事に目を通さない以上、誤った内容や質の低い記事が、そのまま世に出てしまう恐れがあるということです。これは、この実験の最大のリスクでもあります。
そこで、品質の最後の砦を、批評役のAIに置くことにしました。先ほど触れた、複数のモデルで多角的に検証する重いやり方を充てているのが、まさにこの役です。実現できそうか、根拠はあるか、誇大な主張になっていないか、公開してよい品質か。いくつもの軸で点検し、危ういものは止める。人のチェックを外すなら、その穴を埋める仕組みを別に用意しておく必要がある——その答えが、ここでは批評役でした。
それでも、うまくいくとは限りません。批評役が見逃すこともあれば、厳しすぎて何も通さないこともある。だからこそ、いきなり全自動で公開するのではなく、はじめは下書きとして溜め、AIの公開判断の質を横から観察する助走期間を置いています。任せきると決めても、いきなり手を離すのではなく、信頼できると確かめながら少しずつ手を離していく。この移行の判断そのものも、大事な観察対象だと考えています。
今日は、AIエージェントだけでブログを運営する実験の全体像と、なぜ人を観察者の位置に置いたのかを見てきました。要点はシンプルです。任せる範囲を最初に線引きする。目的を「完璧」ではなく「どこで壊れるか」に置く。人のチェックを外すなら、最後の砦をどこに置くかを先に決める。この3つは、ブログに限らず、AIに仕事をゆだねるときにそのまま効きます。
もしあなたも、何かをAIに任せてみようとしているなら——まずは紙のうえで、人が判断する部分とAIが実装する部分の線を引いてみてください。そして「これを完成させる」ではなく「これがどこで壊れるかを見る」と言い換えてみる。それだけで、試すことのハードルが少し下がるはずです。
この実験が、どこまで行ってどこで壊れるのか。私自身、まだ答えを持っていません。次回からは、その内側で実際に起きていることを、1つずつ開いていきます。まずは、古いものと新しいものを掛け合わせてアイデアが生まれる瞬間から、一緒に見ていきましょう。
この実験のプロジェクト概要は 温故知新マーケティング実験室 に。AIエージェント群の構成や設計思想を、もう少し詳しくまとめています。