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6 min read AI協働開発マーケティング

連載「温故知新マーケティング実験室」· 第2編/全13編

アイデアは、古いものと新しいものの掛け算で生まれる

温故知新という発想法(連載 2)

新しい企画をゼロからひねり出そうとして固まること、ありませんか。AIが実際にどうアイデアを起こしているかを覗きながら、古い原理と新しい技術を掛け合わせる発想の手順を、一緒に。

安宅春樹 (Ataka Haruki)

— AZASLAB代表 ・ AIエージェント開発ディレクター

— Shimizu Fumio Architects Co., Ltd. 取締役

真っ白な画面の前で、新しいアイデアが出てこないとき

新しい企画を考えなければいけないのに、真っ白な画面の前で固まってしまうこと、ありませんか。斬新なものをゼロから生み出そうと気負うほど、かえって何も浮かばない。あの手詰まりには、思い当たる方が多いと思います。

じつは、世に出ている新しいアイデアの多くは、無から生まれているわけではありません。古くからある原理と、いまできるようになったことの、掛け算で生まれています。前回お話しした温故知新マーケティング実験室では、AIがまさにこの掛け算でアイデアを起こしています。今日はその様子を覗きながら、あなたも明日から使える発想の手順を、一緒に見ていきましょう。

「掛け算」とは、分解してから組み合わせること

温故知新という言葉のとおり、この実験のねらいは、古い手法の本質を抜き出して、いまのWeb技術やAIと掛け合わせることにあります。やっていることを式にすると、こうなります。古典の原理 × 現代の技術 = 新しいアイデア。

ポイントは、2段階に分けることです。まず、目の前の事例や流行りの手法を、不変の原理にまで一段掘り下げます。紹介、口コミ、希少性、社会的証明、顧客教育。呼び名が変わっても人が動く仕組みは変わらない、その芯の部分まで分解します。次に、その原理を、いまできるようになった技術と掛けます。AIの対話、LINE、ノーコードの自動化。掛け算の左側が古典、右側が現代というわけです。

この「分解してから掛ける」が効くのは、ゼロから斬新さを探す作業を、2つのやさしい問いに置き換えてくれるからです。これは何の原理だろう。その原理を、いまの技術でどう焼き直せるだろう。漠然と新しさを求めるより、ずっと答えやすくなります。

実際に出てきた掛け算:「見えない壁」診断チャット

抽象的な話が続いたので、実験室のAIが実際に起こした案を1つ見てみましょう。

材料になったのは、マーケターのセス・ゴーディンが書いた一本の記事でした。その核心は「壁だと思っていたものの多くは、誰も鍵が開いていると教えてくれなかった扉にすぎない」という指摘です。AIはこれを、古典の顧客教育に分解しました。ものを売る前に、顧客が自分で作り上げた思い込みを、対話で解きほぐすという手法です。

そこへ現代の技術を掛けます。AIによる対話診断、導入のしやすいLINE、ノーコードの自動化。出てきたのが「見えない壁」診断チャットでした。利用者が5つから7つの問いに答えると、AIがその人を止めている要因を、実在する制約と想像上の壁に分けます。後者については、まだ試していない選択肢を「開いているドア」として示す。顧客教育という古い原理を、AIの対話という新しい器に移し替えた一例です。

もうひとつ:毎週ひとつ「問いの種」を届ける

同じゴーディンの別の記事からは、まったく違う案が出ました。

このときAIが取り出したのは、認知から行動へ、そして対話へと人を引き上げるという考え方と、許可を得てから配信するという古典でした。答えそのものを売るのではなく、読者どうしが話し合うための土台を差し出す。そこに掛けたのが、LINEと対話AIと自動化です。生まれたのは、専門家が週に1度、仲間と語り合うための問いを1つだけ届けるという仕組みでした。受け取った問いを、読者が自分のチームや顧客にそのまま転送できるように設計する。古い「対話を起こす」という原理を、いまの配信のかたちで実装しています。

どちらの案も、派手な新発明ではありません。けれど、出発点はいつも古い原理で、新しさは技術の側から足されている。掛け算の構造が、はっきり見えると思います。

面白いのは、掛け算の右側に置く技術を変えると、同じ原理から別の案が立ち上がってくることです。顧客教育という同じ芯でも、対話AIと掛ければ診断チャットになり、自動配信と掛ければ毎週の問いになる。技術の側を1つ差し替えるだけで、手元のアイデアが何通りにも枝分かれしていく。これが、原理まで1度分解しておくことのいちばんの利点です。

なぜ「分解してから掛ける」と詰まらないのか

仕組みの側から見ると、この発想法が手詰まりを防ぐ理由が分かります。

実験室では、アイデアを起こす担当のAIが案を出す前に、別のAIが2つの下ごしらえを済ませています。1つは、事例を古典原理へ分解する作業。もう1つは、その原理を現代技術へつなぐ作業。発明役は、その両方を材料として受け取ってから案を考えます。つまり問いが「白紙から斬新なものを」ではなく「この原理を、この技術で焼き直すと何ができるか」に変わっている。制約のある問いほど、答えは具体的になります。

さらにこの発明役は、性質の違う複数のモデルに同じ問いを並列で考えさせ、審判役のモデルが論点を束ねる、少し重いやり方を使っています。複数の視点が入ると、案が太るだけでなく、危ういところも見えてきます。さきほどの診断チャットの案でも、外部のAIに利用者の情報を送ることの是非や、AIが実在しない選択肢をでっち上げてしまう恐れが、検討の中で指摘されました。掛け算は発想を広げ、複数の目はその弱点を照らす。役割が分かれているわけです。

弱点の指摘は、案の見栄えのよさとは別のところを突いてきます。週に1度「問いの種」を届ける案には、こんな指摘が付きました。LINEの無料枠は配信数に厳しい制限があり、50人を超えて毎週届けようとすると、月々それなりの費用がかかる。だから「月数百円で始められる」と言えるのは、ごく小さな規模のあいだだけだ、と。もう1つは文化の翻訳です。仲間に本を勧めるように問いを広めてほしい、というのは海外の発想で、日本の職場では少し気恥ずかしい。だから問いは「本」ではなく「雑談のタネ」として配り直さないと転送されない、という指摘でした。こうした穴は、案を思いついた勢いのままでは、なかなか自分では見えません。

ただ、掛け算で案が出たからといって、それがそのまま良い案だとは限りません。むしろ、生まれた案をどれだけ厳しくふるいにかけるかが、次の関門です。

あなたの「掛け算」を、明日ひとつ

今日は、新しいアイデアは古い原理と新しい技術の掛け算で生まれる、という発想法を見てきました。最後に、明日そのまま試せる手順にまとめておきます。

まず、最近いいなと思った事例を1つ選んでください。次に、それがなぜ効いているのかを「昔からある原理」まで一段だけ掘ります。紹介なのか、希少性なのか、顧客教育なのか。そして、いまの自分が使える技術を1つ挙げ、その原理とその技術で何が小さくできるかを、一文で書いてみる。この三歩だけで、白紙の前の手詰まりは、ずいぶん軽くなります。

もしあなたが新しい企画に詰まっているなら、ゼロから斬新さを探すのをいったんやめて、古い原理を1つ借りてくるところから始めてみてください。新しさは、そのあとで技術の側から足せます。

次回は、こうして生まれた案を、AI自身がどう厳しく没にしていくのか——品質の門番の話を、一緒に見ていきます。


この実験のプロジェクト概要は 温故知新マーケティング実験室 に。AIエージェント群の構成や設計思想を、もう少し詳しくまとめています。