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6 min read AI協働開発マーケティング

連載「温故知新マーケティング実験室」· 第4編/全13編

没にした案こそ、いちばん学びになる

見送りを資産に変える(連載 4)

うまくいかなかった試みを、こっそり消していませんか。AIが没にした案を捨てずに「ふりかえり記事」へ変える仕組みから、見送りの理由を学びの資産に変える方法を、一緒に。

安宅春樹 (Ataka Haruki)

— AZASLAB代表 ・ AIエージェント開発ディレクター

— Shimizu Fumio Architects Co., Ltd. 取締役

うまくいかなかった試みを、こっそり消していませんか

作ってみたけれど見送った企画。試したけれどボツにした案。フォルダの奥でひっそり消してしまうこと、ありませんか。うまくいかなかったものは、なんとなく目に入れたくなくて、そっと片づけてしまう。その気持ちは、よく分かります。

でも、それはちょっともったいないかもしれません。じつは、うまくいかなかった試みには、うまくいった試みよりも多くの学びが詰まっていることがあります。前回お話しした温故知新マーケティング実験室では、AIが没にした案を、捨てずに「学びの記事」へ変える仕組みを入れました。今日はその話をしながら、あなたの手元の没案を、どう資産に変えられるかを一緒に考えてみましょう。

公開可ゼロ。でも、ボツ箱には捨てない

前回、検査役のAIが15件すべてを公開可にしなかった、という話をしました。ふつうなら、ここで全部お蔵入りです。せっかく考えた案も、通らなければそれまで。

けれど実験室では、公開を見送った案を、もう一種類の記事に書き換える分岐を用意しています。「不採用ふりかえり記事」と呼んでいるものです。執筆を担当するAIは、検査役の判定を見て、出口を2つに振り分けます。公開してよいとされた案は、ふつうの紹介記事に。見送られた案は、なぜ見送ったかを伝えるふりかえり記事に。同じ材料から、結論に応じて違う記事が立ち上がる仕組みです。

いまは公開可がゼロなので、結果として、書かれる記事はすべて、この「ふりかえり」のほうになっています。没になった案が、そのまま消えるのではなく、別のかたちで記事の材料になっているわけです。

この分岐には、ちょっとした発想の反転があります。公開可がゼロという結果は、ぱっと見では「成果なし」に見えます。けれど、見送った理由を1つずつ書き出していけば、ゼロのはずだった山から、人の役に立つ記事が生まれてくる。つまり「通らなかった」ことそのものを、コンテンツの原料に変えているのです。うまくいかなかった結果を、なかったことにするのではなく、次の誰かのための材料として置き直す。この置き直し方は、ブログに限らず、どんな試行錯誤にも応用がききます。

没案を、どう記事にするか

ふりかえり記事の中身は、4つの問いでできています。どんなアイデアを検討したのか。なぜ見送ったのか。どこに、見落としやすい盲点があったのか。そして、それでも残る学びは何か。この順に、判断の道筋をたどっていきます。

ここで大事にしているのは、アイデアそのものを否定しないことです。主役は、案の良し悪しではなく、判断の過程と、そこから得られる学びのほう。「これはダメだった」で話を終わらせず、「ここに気をつければ次は活かせる」と前に開く。書き手が見送った理由をていねいに言葉にするほど、読んだ人は同じ落とし穴を、先回りで避けられるようになります。失敗の記録ではなく、転ばぬ先の地図にする、という構えです。

なぜ、没案のほうが学びになるのか

成功談は読んでいて気持ちいいものですが、再現するのは案外むずかしい。たまたまの追い風や、その人ならではの事情が混ざっていて、自分の場面にそのまま移せないことが多いからです。一方で、なぜうまくいかなかったかは、条件が違っても効く教訓になりやすい。落とし穴の位置は、わりと共通しているからです。

実際に、ふりかえりの素材になった指摘を、いくつか紹介します。ある案は、利用者の回答を海外のAIに送る設計でしたが、国の外へ個人情報を渡すときに必要な説明が足りていませんでした。これは業種が違っても効く注意です。別の案は、海外で生まれた「仲間に勧めたくなる」という発想を、そのまま日本に持ち込もうとして、文化のズレでつまずきました。日本の職場では、本を勧めるような行為に少し気恥ずかしさがある、という見落としです。さらに別の案は、反応が減ると配信の質が落ち、質が落ちるとさらに人が離れる、という負の連鎖を見落としていました。

もう1つ、AIに文章を書かせる人なら、そのまま役立つ指摘もありました。ある案の原稿には、AIに考えさせた「検討の論点」という制作の裏側が、そっくりそのまま本文に残っていたのです。書いた側には自然でも、読者には何のことか分からない。公開物としての品質を落とすから消すべきだ、と見抜かれました。これは、AIに任せた文章を世に出すとき、誰もが踏みやすい一歩です。没案のふりかえりは、こういう「作り手には見えにくい癖」まで照らしてくれます。

どれも、自分が似たものを作るときに、先回りで避けられる落とし穴ばかりです。きらびやかな成功例よりも、こうした「つまずきの記録」のほうが、手元でずっと使える。没案が学びになるというのは、そういう意味です。

何でも記事にするわけではない

ただし、見送ったものを何でもふりかえりにするわけではありません。1つだけ、あえて外しているものがあります。

それは、検査そのものが途中で失敗して、判定が定まらなかった案です。これは「きちんと考えた末に見送った」のではなく、「まだ判断できていない」だけの状態です。学びとして書くには、土台が足りません。なぜダメなのかが分かっていないものから、教訓は引き出せないからです。だからこういう案は記事にはせず、あとで見直すための観察対象として、そっと脇に置いておきます。

没から学べるのは、きちんと没にできたものだけ。判断が済んでいることが、ふりかえりの前提なんですね。ここを混ぜてしまうと、「分からない」を「学んだ」と取り違えてしまいます。

この線引きは、自分のふりかえりにもそのまま使えます。やめた理由を聞かれて、すぐに一言で答えられる案は、ちゃんと没にできています。逆に、なぜやめたのか自分でもうまく言えないなら、それはまだ判断が済んでいない合図です。その場合は無理に教訓をひねり出さず、もう1度ちゃんと向き合う対象として残しておく。学びと、まだ宙ぶらりんなものを分けておくだけで、ふりかえりの質はぐっと上がります。

あなたの「没ログ」を、つくるなら

今日は、没にした案を捨てずに学びへ変える話をしてきました。最後に、あなたの手元でも始められる形にまとめます。

試してダメだった案を消す前に、4つだけ書き残してみてください。何を試したのか。なぜやめたのか。どんな見落としがあったのか。それでも残る学びは何か。たったこれだけでも、続けていくと、あなたの没箱は、ただのゴミ箱ではなく、未来の自分や仲間が同じ穴に落ちないための地図に変わっていきます。

もしあなたが、これから何かを見送る場面に来たら——黙って消してしまう前に、その理由を一段だけ言葉にしてみてください。見送りの理由は、たいてい、次のだれかの役に立ちます。あなたのつまずきは、ちゃんと書き残せば、誰かのショートカットになるのですから。そしてその「誰か」には、半年後の自分も含まれています。過去の自分が残した見送りの理由ほど、ありがたい道しるべはありません。

次回は、せっかく書いた記事が、AIの検索にちゃんと拾われるかどうか——引用されるブログとされないブログの違いを、一緒に見ていきます。


この実験のプロジェクト概要は 温故知新マーケティング実験室 に。AIエージェント群の構成や設計思想を、もう少し詳しくまとめています。