連載「AIに任せきりにしない発信をつくる」· 第2編/全4編
「言いたいこと」から書くのを、やめてみました
知恵袋で悩みを探した時代と、AIにRedditの困りごとを探させる今
発信が読まれないのは、内容が悪いからとは限りません。「自分が言いたいこと」ではなく「誰かの困りごと」から始める——古くて新しいコンテンツ術を、自社SNS自動化づくりのふりかえりから、一緒に考えます。
連載「AIに任せきりにしない発信をつくる」· 第2編/全4編
知恵袋で悩みを探した時代と、AIにRedditの困りごとを探させる今
発信が読まれないのは、内容が悪いからとは限りません。「自分が言いたいこと」ではなく「誰かの困りごと」から始める——古くて新しいコンテンツ術を、自社SNS自動化づくりのふりかえりから、一緒に考えます。
がんばって発信したのに、思ったより読まれなかった。そんな経験は、ありませんか。
文章が下手だったわけでも、内容が薄かったわけでもない。それでも届かないことがあります。私も、AZASLAB の発信を自動化するしくみをつくる中で、この壁にあらためてぶつかりました。そして、ひとつの古い知恵に立ち返ることになります。「言いたいこと」から書くのを、やめてみる。代わりに、「誰かの困りごと」から始めてみる。
今日は、この発想がなぜ効くのかを、自分たちの開発のふりかえりから、一緒に見ていきましょう。
発信するとき、私たちはつい「自分が言いたいこと」から始めてしまいます。新しく気づいたこと、伝えたい主張、紹介したいもの。それ自体は悪くありません。でも読む側からすると、それは「あなたの話」であって「私の話」ではないんですよね。
たとえば「AIエージェントの可能性について」という投稿と、「AIに頼んだのに、なぜかズレた答えが返ってくるとき」という投稿。中身は重なっていても、後者のほうが、ふと指が止まりませんか。後者には、読み手の心当たりがあるからです。
人が文章を読むのは、たいてい何かに困っているときです。「これ、どうすればいいんだろう」「なんでうまくいかないんだろう」。その引っかかりがあるから、答えを探して読む。逆に言えば、誰の引っかかりにも触れていない発信は、どれだけ正しくても素通りされてしまいます。
発信が届かないのは、答えが悪いからではなく、まだ誰も問うていない問いに答えているから。
だから問いは、こう変わります。私は何を言いたいか、ではなく——これは、誰のどんな困りごとに応えているか。
少し昔の話をさせてください。
一時期のコンテンツ制作には、こんな定石がありました。まず Yahoo!知恵袋のような場所で、人が実際に困っていることを探します。「◯◯ できない」「◯◯ のやり方が分からない」。そして、その悩みをていねいに解決する記事を先に書いておく。あとは、同じ悩みを持つ人が、検索や知恵袋からたどり着いてくれる。
このやり方の本質は、文章のうまさではありません。「すでに困っている人が、確かにいる」と分かっているところから始める点にあります。困りごとという需要が先にあって、それに供給を合わせる。だから、的を外しにくいんです。書き手の想像で「こういう話が受けるはず」と賭けるのではなく、現にそこにある痛みに応える。
私たちがつくっている自社SNSの自動化は、この定石を、そのまま今に持ってきたものです。
知恵袋の代わりに見るのは、海外の Reddit です。たとえば r/PromptEngineering や r/ClaudeCode といった板は、投稿の多くが「これがうまくいかない」という相談や、うまくいった・いかなかった生の声で占められています。まさに困りごとの宝庫です。しかも、日本語より英語圏のほうが、業務や副業に AI を使った具体例の蓄積がずっと多いんですね。
そこから本物の困りごと(Pain)を AI に拾ってもらい、それに応える内容を日本語でまとめ、最後に自分たちの記事やサービスへの入り口を添えます。媒体は知恵袋から Reddit へ、出口は記事から X へ。道具は変わりましたが、骨格は同じです。困っている人を見つけ、その困りごとに応え、当人を招く。
違うのは、速さです。かつて人が一つひとつ眺めていた「悩み探し」を、いまは AI が高速で回してくれます。そのぶん私たちは、「どの痛みに、どう応えるか」を選ぶことに集中できます。
理由はシンプルで、人の関心が「すでにそこにある」からです。
自分の言いたいことから始めると、まず読者の関心をこちらに向けさせる、という一番難しい仕事から始めることになります。一方、困りごとから始めると、読者は最初から前のめりです。自分が抱えている「あれ?」に、誰かが答えようとしている——その気配があるだけで、人は読み始めます。
もうひとつ。困りごとは、具体的です。「AI活用」という大きな話より、「AIに頼んだのに、ズレた答えが返ってくる」という小さな困りごとのほうが、ずっと刺さります。抽象的な正しさには顔がありませんが、具体的な痛みには顔がある。顔のある相手にだけ、言葉は届くのだと思います。
AI に発信を任せられる時代になっても、いちばん大事な問いは変わらないと思っています。これは、誰のどんな困りごとに応えているのか。
知恵袋を眺めていた頃の発想は、道具が AI と Reddit に変わった今も、まだ生きています。むしろ、困りごとを探す部分を AI が引き受けてくれるぶん、人間は「どの痛みに、どう応えるか」を選ぶことに集中できる。そここそ、人がいちばん価値を出せる場所です。
次に何かを発信するとき、書き始める前に、一度だけ問うてみてください。これは自分が言いたいことだろうか。それとも、誰かの「困った」に応えるものだろうか。その一問が、届くかどうかを、静かに分けています。