連載「AIに任せきりにしない発信をつくる」· 第18編/全21編
投稿しても届かないなら、会話から
AIに任せきりにしない、半自動のリプライ
投稿を磨いても、見てくれる人がいなければ届きません。では、最初の読者はどこから来るのでしょう。待つのをやめて、こちらから会話を始めてみた話を、一緒に。
連載「AIに任せきりにしない発信をつくる」· 第18編/全21編
AIに任せきりにしない、半自動のリプライ
投稿を磨いても、見てくれる人がいなければ届きません。では、最初の読者はどこから来るのでしょう。待つのをやめて、こちらから会話を始めてみた話を、一緒に。
前の編で、私たちは自分たちの発信を測ってみて、「伸びない」のではなく「届いていない」のだと気づきました。見てくれる人が、まだほとんどいなかったのです。
すると、次の問いが立ちます。では、その最初の読者は、どこから来るのでしょう。
これは、発信を始めたばかりの人なら、誰もがぶつかる壁だと思います。いい記事を書いても、ていねいに投稿しても、見てくれる人がいなければ、そこで止まってしまう。投稿を磨くことは、見てくれる人がある程度いて初めて効いてきます。では、その「最初のひとり」は、どうやって来るのか。今日は、そこを一緒に考えてみたいのです。
しばらく考えて、私たちはひとつのことに気づきました。投稿は、基本的に「待ち」の発信だ、ということです。
何かを書いて、置いておく。誰かが通りかかって、見つけてくれるのを待つ。けれど、まだ誰もこちらを知らない段階では、その「通りかかる人」自体がいません。路地の奥のお店に、立派な看板を出しているようなものです。看板を磨いても、人通りのない道では、誰の目にも入りません。
だとすれば、やることは反対向きになります。待つのではなく、こちらから出ていく。人が集まっているところに行って、こちらから一言、声をかけてみる。X で言えば、それは「リプライ(返信)」です。誰かの投稿に、ちゃんと中身のある返信をする。返信や会話は、まだ知られていないアカウントが見つけてもらう、いちばん自然な入口だと言われています。
投稿は、流れていきます。タイムラインを下へたどる指の動きの中で、ほとんどは一瞬で通り過ぎていく。けれど、自分の投稿にていねいな返信が来ると、人はふと手を止めます。「この人は、ちゃんと読んでくれたんだ」と感じる。その小さな足止めが、相手がこちらを知るきっかけになります。一方通行の投稿では作れない接点が、会話には生まれるのです。
ここで、ひとつ大事な分かれ道があります。「会話が入口になる」と分かると、つい「では、たくさんの人に自動でリプライを送ればいい」と考えたくなります。けれど、これはやってはいけません。
理由は2つあります。ひとつは、ルールの問題です。X では、自動で一斉にリプライを送るような使い方は認められていません。機械的にばらまけば、アカウント自体が止められてしまうこともあります。もうひとつは、もっと素朴な理由です。相手の投稿をちゃんと読まずに、定型文を機械が送りつける。それは、声をかけているようで、会話になっていません。送られた側も、すぐに気づきます。
ルールの面でも、機械からの返信には細かな制限が増えてきました。たとえば、相手がこちらに触れてくれた場合をのぞいて、プログラムが自動でリプライを送ることは、基本的にできない方向に変わってきています。しくみそのものが、「機械が勝手に話しかける」やり方を許さなくなってきている。だとすれば、なおさら、最後に言葉を送るのは人であるべきだと考えるのが自然でした。
会話で見つけてもらう、というやり方の良さは、一つひとつが本当の会話であることにあります。それを自動化で薄めてしまっては、元も子もありません。
そこで私たちは、自動化ではなく「半自動」というかたちを選びました。AI に返信の下準備をさせて、決めて声をかけるのは人がやる、という分担です。
具体的には、こうです。まず AI が、関心の近いアカウントの最近の投稿を見て、「これは返信する価値がありそうだ」というものを拾ってきます。そして、その投稿に対する返信の下書きを、私たちのトーンで作ります。宣伝はしない、相手の中身にちゃんと触れて、自分の経験や視点を1つだけ添える——そういう下書きです。
ここまでが AI の仕事です。その先は、人がやります。下書きは、いったん手元の承認画面に届きます。人がそれを読んで、「これは送る」「これは送らない」を決める。送ると決めたものだけを、人の手で投稿する。AI は返信の下準備をするけれど、実際に相手と言葉を交わすのは、最後まで人です。
承認のやりとりは、ふだん使っているメッセージアプリに届くようにしました。下書きが1件ずつ送られてきて、その場で「送る」「送らない」を選べる。送ると決めると、相手の投稿への返信を書く画面がすぐ開くので、人はそこで最後にもう1度言葉を整えて、自分の手で送ります。一日に扱うのは、せいぜい数件です。たくさんさばくための仕組みではなく、数は少なくても、一つひとつをちゃんとした会話にするための仕組みにしました。
遠回りに見えるかもしれません。けれど、会話の質を落とさないためには、この「最後は人」が要ると考えました。
正直に言うと、最初はうまくいきませんでした。AI が最初に拾ってきた「返信する価値がありそうな投稿」は、広告や、フォロワー数の報告のような、会話になりにくいものばかりだったのです。そのまま下書きを作っても、送る気になれません。
ここでも、任せきりにはできませんでした。「何を拾うか」の基準は、人が考えて、AI に渡す必要があったのです。どういう投稿なら会話になりやすく、どういう投稿はそっとしておくべきか。その線引きは、機械が勝手に決められるものではありませんでした。そして、その線引きを AI にどう伝えるかには、もうひと工夫が要りました。
その工夫の中身は次の編に譲りますが、基準を整えてから改めて動かすと、拾ってくる投稿は見ちがえました。ゲームの広告や数あわせの投稿は消えて、誰かの開発の気づきや、ちょっとした困りごとのような、返事をしたくなる投稿が並ぶようになったのです。その中から、私たちが実際に「送る」と選んだのは、1度に2件ほど。多くはありません。けれど、その2件は、機械が一斉にばらまく100件より、ずっと意味があると思っています。
こうして、私たちの「届ける」は、量産ではなく、一つひとつの会話から始まることになりました。
これは、このシリーズでずっと考えてきたことと、また同じところに戻ってきます。AI は、候補を集め、下書きを作るところまでを、すばやくやってくれます。けれど、その相手と本当に話すかどうか、どんな言葉で返すかは、人が決める。発信を自動化することはできても、人と人の関係を自動化することはできない——そう考えると、この「最後は人」は、面倒な手間ではなく、むしろ大事にしたいところなのだと思えてきます。
最後に、持ち帰れることを1つだけ。
もしあなたが、自分の発信が「届かない」と感じているなら、投稿を磨く手を少し止めて、こちらから一言、誰かに声をかけてみてください。気になった人の投稿に、宣伝ぬきで、中身のある返信をひとつ。それは数を競うものではありません。一日にいくつか、本当に「いいな」と思ったものにだけで十分です。
待つ発信から、こちらから始める会話へ。その小さな向き直りが、最初のひとりに出会う入口になるかもしれません。私たちも、いま始めたばかりです。
次の編では、その返信の下準備で AI が拾ってくるものに基準を与えたとき、よかれと思って立てた問いが、かえって良い投稿を捨ててしまった話を、一緒に見ていきます。