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6 min read AI協働開発健康規制

連載「carb-icr 規制日誌」· 第3編/全4編

「危ないかも」を、事例に重ねる

不安をぶつけず、当てはめを差し出す(提出編 3)

自分のアプリが医療機器かもしれない。その不安のまま手が止まっていませんか。怖さは、公開されている事例に重ねると輪郭になりました。問いの向きを不安から当てはめへ変える話を、一緒に。

安宅春樹 (Ataka Haruki)

— AZASLAB代表 ・ AIエージェント開発ディレクター

— Shimizu Fumio Architects Co., Ltd. 取締役

「医療機器に当たるかもしれない」という不安は、人を固まらせます。確かめれば白黒つくのに、その確かめること自体が怖くて、判断を先延ばしにしてしまう。前回、機能を割って、論点を「糖質をインスリン単位で割って中央値を出す集計」の一点に絞りました。今回は、その一点をどう説明したか。けれど取りかかる前の私は、まだ少し身構えていました。

身構えがほどけたのは、ガイドラインを最後まで読んだときです。医療機器に当たるかを判断するための文書には、フローチャートだけでなく、「これは医療機器」「これは医療機器ではない」の事例集がついていました。読む前は、難しい条文が並んでいるのだろうと身構えていた。でも実際には、自分のアプリを当てはめるための、具体的な見本帳だったのです。

怖さは、事例に重ねると輪郭になる

事例集には、医療機器に該当しないものの例がいくつも並んでいました。たとえば、こんなものです。

  • 個人の健康記録のために、血圧や血糖などの値を表示・保管するプログラム
  • 患者の健康状態や治療内容に関する情報を、整理・記録・表示するプログラム
  • 記録の管理用に、データを表示・保管し、グラフにするプログラム

自分のアプリを、ここに重ねていきます。記録・グラフ・主治医用レポートは、迷う余地なく「整理・記録・表示」そのもの。問題は、残った集計でした。比を計算する分、これらより少しだけ奥にある気がしたのです。

ところが、判断のフローチャートの解説に、こう書いてありました。自分の健康情報を記録したり見返したりするために、時系列に並べてグラフにするような「単純な加工・処理」も、表示・記録の側に含む、と。中央値を出す、合計する、グラフにする——私の集計がやっているのは、まさにこの範囲でした。「加工があるから機器寄りだ」と一人で決めつけていたのが、文書のほうは、その程度の加工なら記録の仲間だと言っていた。重ねる先の行が、ちゃんと見つかったのです。

該当する側との違いが、いちばん雄弁だった

非該当の例で「ここに当てはまる」と分かっても、それだけだと、まだ少し心もとない。そこで、反対側——医療機器に該当する例も読みました。違いを見たかったからです。

該当する側には、こんなものが並んでいました。独自のアルゴリズムで、一人ひとりに合わせた食事療法や診療計画を立てる。入力した検査値から、病気にかかるリスクを算出して示す。インスリンポンプに信号を送って、投与そのものを制御する。

並べてみて、輪郭がくっきりしました。私のアプリは、独自のアルゴリズムを持ちません。個別の食事療法も診療計画も立てない。リスクも出さない。機器も操らない。やっているのは、医学の教科書や国内の学会の指導書に載っている式を、記録にそのまま当てるだけ。ガイドラインは、こうした広く知られた情報を「公知」と呼び、独自のアルゴリズムで処理するものとはっきり区別していました。境目は「公知かどうか」にあって、私の計算は、ちょうど公知の側に立っていたのです。

「公知」と認められる範囲も、文書はきちんと示していました。日本国内で、医学・薬学・栄養学のうえで確立していること。例として挙がっていたのは、医学の教科書や、国内の学会が作った診療ガイドラインなどです。逆に、どこかで1度発表された、というだけでは公知とは見なされない。私が使っている比の定義は、国内の学会がまとめた指導書に載っているものでした。つまり、自分で都合よく「広く知られている」と言い張っているのではなく、文書が示す公知の例に、出典ごと当てはまっている。ここが、独自アルゴリズムとの分かれ目をはっきりさせてくれました。

非該当の例に重なり、該当の例とは違う。両側から挟むことで、輪郭は一段はっきりしました。

不安をぶつけるのでなく、「同等です」と差し出す

ここで、書き方そのものを変えました。

最初、様式の自由記載欄に、私はこう書こうとしていました。「糖質をインスリン単位で割る比は治療で使われる概念なので、治療に寄与する指標の提示と見られる余地はないでしょうか」。自分の不安を、そのまま質問にした形です。

書いてから、向きが違うと気づきました。直したのはこうです。「公知の式を記録に機械的に当てて中央値を出すこの機能は、非該当の事例(健康状態・治療内容の整理・記録・表示)と、フローチャートが認める単純な加工に当たり、医療機器に非該当と整理してよいか」。

小さな言い換えに見えて、構えが反対です。前者は「危ないかもしれない」とおびえる声。後者は「ここに当てはまると考えています、それで合っていますか」と、自分の整理を差し出す声です。読む側にとっても、ゼロから危険性を一から判定するより、示された当てはめが妥当かを確かめるほうが、答えやすいはずです。

これは、専門家にものを尋ねるときの、いつものこつと同じでした。お医者さんでも、詳しい人でも、「これ、大丈夫でしょうか」とまるごと預けると、相手は一から考え直さなければなりません。でも「私はこう理解したのですが、合っていますか」と、自分の理解を先に差し出すと、相手は「そこは合っている」「ここだけ違う」と、ピンポイントで返せる。聞く側が手前まで考えておくと、答えるほうの負担が減って、返ってくる答えも具体的になります。規制の相談も、根っこは同じでした。

問いの向きを、不安から当てはめへ変える。これは、ずるい言い換えではありません。事例という共通のものさしに自分を重ね、根拠を添えて、確認を求める。怖さを、検証できる1つの問いに変える作業でした。

読まないでいると、ずっと怖い

規制の文書は、怖いから開かないでいると、いつまでも怖いままです。でも開いてみると、それは身を守るための壁ではなく、自分のケースを当てはめるための道具でした。フローチャートで枝を選び、非該当の事例に自分を重ね、該当する例との違いを並べる。それだけで、漠然とした不安が、確かめられる1つの問いに変わります。

意外だったのは、文書のかなりの紙幅が「これは医療機器ではない」の説明に割かれていたことです。読む前は、禁止や規制が並んでいるのだろうと身構えていました。実際には、どこまでが普通の記録や表示で、どこからが機器なのか、その線引きをていねいに教えてくれる内容だった。怖いと思っていた相手は、近づいてみると、案内図に近かったのです。

もしあなたが、「医療機器かもしれない」で手が止まっているなら——まず、該当しない事例の一覧を読んでみてください。自分の機能が重なる行が、たぶん見つかります。見つかったら、不安の言葉ではなく、「この事例と同等ですよね」という確認の言葉で聞く。聞き方を変えるだけで、相手も自分も、ずいぶん楽になります。

ひとつ正直に添えておきます。私はこの整理で相談を出しましたが、これは「自分はこう整理した」という段階で、医療機器でないとお墨付きをもらったわけではありません(2026/6 現在、回答を待っているところです)。当てはめを差し出すことと、結論が確定することは、別です。そこは取り違えないようにしています。

次回は、この当てはめを足元で支える「根拠」を、どう確かめたかの話です。±30という数字の出どころを、記憶でも孫引きでもなく、本を買って該当ページで確かめた——その地味で確かな一手を、一緒に。