連載「carb-icr 規制日誌」· 第2編/全4編
ひとつの道具を、機能で分けて見る
まるごと1つで身構えない(提出編 2)
申請の様式に「機能名」とあると、アプリ全体をまとめて1つと書きたくなります。でも機能ごとに分けてみたら、本当に説明が要るのは1つだけでした。塊を割って身構えを解く話を、一緒に。
連載「carb-icr 規制日誌」· 第2編/全4編
まるごと1つで身構えない(提出編 2)
申請の様式に「機能名」とあると、アプリ全体をまとめて1つと書きたくなります。でも機能ごとに分けてみたら、本当に説明が要るのは1つだけでした。塊を割って身構えを解く話を、一緒に。
前回、医療機器に当たるかどうかを聞く窓口を選びました。いよいよ様式に向き合います。決められた1枚紙に、いくつかの質問へ答えていく形式です。その上のほうに「機能名」という欄がありました。私はそこに、アプリの名前をそのまま書こうとして、手を止めました。
書こうとしたのは「血糖・食事・インスリン記録ノート」。製品の名前です。けれど、これは「製品名」の欄ではなく「機能名」の欄でした。手続きの説明を読み返すと、こう書いてあります。1つのプログラムであっても、それぞれの機能ごとに様式を分けて記入すること。例として、心電図を測る機能・健康を記録する機能・食事を記録する機能を持つ1つのアプリなら、機能ごとに1枚ずつ、合わせて3枚を作る、と。
正直、最初は面倒に感じました。同じアプリなのに、なぜ何枚も書くのか。けれど、その例を見て腑に落ちました。心電図を測る機能は、医療機器に当たる可能性があります。でも、同じアプリに乗っている健康記録の機能は、ただの記録です。1つのアプリの中に、機器に近い機能と、そうでない機能が同居しうる。だから「このアプリは医療機器か」とまるごと1度に問うと、どちらにも当てはまらない答えになってしまう。判断は、アプリ単位ではなく機能単位で下すもの——様式を機能ごとに分けるのは、その当たり前を形にしたものでした。
言われたとおり機能で割ってみたら、面倒の向こうに、ずっと身軽になる考え方がありました。
私のアプリを、機能で並べ直してみます。
4つ並べて、はっとしました。記録・グラフ・レポートは、どう眺めても「書いて、ためて、見せる」だけ。引っかかりがあるとすれば、2つめの集計、それも「糖質をインスリン単位で割る」という、治療の現場で使われる概念に触れる部分だけです。
塊のままだったときは、アプリ全体がぼんやりと不安でした。「これ、医療機器あつかいにならないか」という問いが、どこから来ているのか自分でも掴めていなかった。ところが機能で割った瞬間、不安の出どころが一点に定まりました。怖いのは全体ではなく、ここだけだ、と。
さらに集計の中をのぞくと、不安はもう一段小さくなりました。中央値や一日の合計は、ごく一般的な統計です。たくさんの数字をまとめて、真ん中の値や合計を出すだけ。引っかかるのは、その手前の「糖質をインスリン単位で割る」という、たった1つの割り算でした。この比だけが、治療の現場で使われる考え方に触れている。怖い機能だと思っていた集計も、よく見れば、論点は一本の割り算に絞れたのです。小さく割るほど、相手の輪郭がはっきりしていきます。
様式には、医療機器に当たるかどうかを順に問うフローチャートが付いています。「診断・治療を意図しているか」「個人向けか」「データの表示・保管だけか」——はい/いいえで枝が分かれていく形です。
ここで効いてくるのが、さっきの分割でした。機能を1つずつ、別々にこのフローへ通すのです。記録・グラフ・レポートは「データの表示・保管にとどまるか」という枝で、そのまま当てはまる側へ進みます。集計だけは少し奥まで進み、「診断・治療・予防そのものを目的としない、データの加工・処理か」という枝で当てはまる側へ抜けます。たどる道は違っても、4つとも、医療機器ではないほうの出口につながりました。
もし1枚にまとめて「アプリ全体」を1度にフローへ通そうとしていたら、これは難しかったはずです。表示だけの機能と、計算をする機能が混ざった塊を、どの枝に入れるか。混ざっているから決まらず、ずっと迷っていたでしょう。機能で割るというのは、答えやすい単位まで問いを小さくすることでもありました。
割ったことで、力の入れどころもはっきりしました。明らかに記録や表示でしかない機能は、あっさり書けばいい。論点のある集計には、説明と根拠をていねいに集める。実際、記録やグラフの様式は要点だけで収まり、集計の様式に、考え方と出典をぎゅっと寄せました。全部を均等に厚く書こうとすると、肝心のところが埋もれます。薄くていい機能を薄く書けるのも、分けたおかげでした。
これは、規制の様式にかぎった話ではないと思います。何かを作っていて「これで大丈夫だろうか」と漠然と不安になるとき、その不安はたいてい、いくつかの部分が混ざった塊です。塊のままでは「大丈夫か」に答えられない。でも「この部分は大丈夫か」を1つずつ問えば、ほとんどの部分はすぐ「これは問題ない」と片づき、本当に考えるべき一点だけが残ります。残った一点に時間を使えるのは、ほかを早く手放せたからです。
私の場合、4つのうち3つは数分で片づき、残った集計の一機能に、丸一日ぶんの考えを注げました。分割は、面倒を増やすどころか、考える場所を1つに絞ってくれたのです。
それに、分けた3枚には、思わぬ働きもありました。「これは記録です」「これは表示です」と言い切る紙が3枚あると、読む人にとって、このアプリの大部分がごく当たり前の記録の道具だと伝わります。そのなかに、計算をする集計が1つだけ混じっている。同じ集計の説明でも、ぽつんと単独で差し出すのと、3枚の「ただの記録」に囲まれて差し出すのとでは、受け取られ方が変わります。割ることは、論点の機能を、道具全体の文脈の中に置き直すことでもありました。大げさに見せないための分け方、とも言えます。
もしあなたが、自分の作ったものの立ち位置で迷っているなら——いきなり全体を1つの問いにしないでください。まず、機能を箇条書きにしてみる。「書いて、ためて、見せる」だけの機能と、何かを計算したり、判断に一歩近づいたりする機能を、分けて並べる。
見分けるこつは、動詞に目を向けることでした。その機能がやっているのが、入れる・ためる・並べる・見せる、で言い切れるなら、たいていは記録か表示です。一方、計算する・点数をつける・おすすめする・判断に近づく、といった動詞が混じってきたら、その行に印をつける。動詞で仕分けると、迷いが減ります。
たいていの場合、ていねいな説明が要るのは、印のついたごく一部です。残りは「これは記録です」「これは表示です」で済んでしまう。全体を見て立ちすくむより、機能の一覧を作って、引っかかる行に印をつける。印が1つもつかなければ、それはそれで1つの答えです。この「まず機能で割る」というやり方は、規制の相談にかぎらず、新しい仕組みや大きな書類を前にしたときにも、そのまま使えます。怖さの正体が1行に定まると、次にやることも見えてきます。
次回は、その「引っかかる1行」——糖質をインスリン単位で割って中央値を出す集計——を、どうやって「これは医療機器ではない」と説明したかの話です。不安をそのままぶつけるのではなく、すでにある事例に重ねていく。その手つきを、一緒に。