連載の、種明かし
ここまで6回、嘘の設計、答えの守り方、本番環境、速度、認証、デザインと書いてきました。読んでくださった方は、もしかするとこう思われたかもしれません。「この人、ぜんぶ一人でやってるんだ」と。
正直に明かすと、違うんです。この連載で語ったことのほぼ全部を、私はコードをほとんど書かずに進めてきました。手を動かしていたのは、AI エージェントたちです。私の肩書は「AI エージェント開発ディレクター」。1つのプロジェクトに10以上、社内では50以上の AI と組んで開発しています。今回はその舞台裏、コードを書かない人間が、開発で何をしているのかを、一緒に見ていきましょう。
「コードを書かないなら、いったい何をしているの」と思われるかもしれません。私自身、最初はうまく言葉にできませんでした。でも、何本もプロジェクトを回すうちに、だんだん輪郭が見えてきたんです。手を止めることと、考えを止めることは、まったく別なんだ、と。むしろ手を止めたぶん、考えるべきことに集中できるようになりました。今日は、その「考えるべきこと」の中身を、できるだけ具体的にお話しできたらと思っています。
分担:AIがやること、私がやること
働き方は、ひとことで言えば分業です。境界は、だいたいこんなふうになっています。
AI に任せること
- 実装そのもの(コードを書く)
- 調べもの(方言の違い、ライブラリの使い方、過去の事例)
- 退屈で大量の作業(何百か所の書き換え、全数チェック、下書き)
私がやること
- 何をつくるか、なぜつくるかを決める
- 問題を「正しく言い直す」(何が本当の課題か)
- 方針・原則を決める(「答えは渡さない」「互換アダプタでいく」「1カラムに」)
- AI の出力を疑い、検証し、最終的に責任を持つ
コードを書く速さでは、もう AI に敵いません。だから私は、速さで競わない領域に時間を使うようにしています。問いを立て、筋を見立て、良し悪しを判断する。手は動かしませんが、頭はずっと動いている。そんな感覚です。
たとえば速度改善のときも、私が書いたコードは一行もありません。私がやったのは「なぜ本番だけ遅いのか」と問い、上がってきた数字を読んで「これは距離の問題だ」と見立てること。実際に計測して設定を直したのは AI でした。役割の境界が、なんとなく伝わるでしょうか。手が速い相棒に手を任せ、自分は「どこへ向かうか」を引き受ける。そう考えると、肩の力が少し抜けるんですよね。
「答えを出す道具」ではなく「問いを深める相棒」
AI の使い方には、大きく二通りあると思っています。
ひとつは「答えを出す道具」として使うやり方です。「いい感じにやって」と丸投げする。これだと、出てくるのは無難で平凡なものになりやすいんですね。AI は、雑な問いには雑にしか答えられません。みなさんも、ざっくり頼んで、ざっくりした答えが返ってきた経験はありませんか。
もうひとつが、「問いを深める相棒」として使うやり方です。こちらが良い問いを立て、前提を渡し、観点を絞る。すると、AI の答えはぐっと鋭くなります。第1編で書いた「嘘のちょうどよさ」も、第4編の「なぜ本番だけ遅い」も、良い答えが返ってきたのは、良い問いを投げられたからでした。
つまり、AI と組む開発で効いてくるのは、コード力よりも問いを立てる力なんですね。
鵜呑みにしない、という規律
ただし、AI には大きな落とし穴があります。自信満々に間違えることです。もっともらしい説明で、事実と少しずれた答えを返してくる。そう、この連載のテーマである「本当っぽい嘘」を、AI 自身がやってしまうんです。
だから、出力をそのまま信じない。疑って、確かめる。これはディレクターの責任だと思っています。
具体的な例があります。第5編(認証)を書いていたとき、AI の説明に「パスワードは一切持たない」という一文がありました。もっともらしいですよね。でも実コードを一行ずつ照合してみると、旧式の処理がパスワードを保存する形でまだ残っていたんです。「一切」は言い過ぎでした。気づいて、表現を正確に直しました。
「一行ずつ照合するなんて、大変そう」と思われるかもしれませんね。たしかに地道です。でも、ここを省くと、もっともらしい間違いがそのまま世に出てしまう。とくにセキュリティや人の情報を扱うところでは、一段疑ってかかる手間を、惜しんではいけないと思っています。AI の答えがもっともらしいときほど、いったん立ち止まる。その小さな習慣が、後の大きな事故を防いでくれます。
これはまさに、クリシンクエストでプレイヤーに鍛えてほしい力そのものです。AI の答えを、確認せずに信じない。自分でつくっているゲームの教えを、つくる過程でも使っている。できすぎた話のようですが、本当のことなんです。そして、この力は特別な才能ではありません。「これ、本当かな」と一度問い直すだけ。あなたにも、今日からできることだと思います。
それでも、丸投げはできない
「AI に任せれば楽」かというと、そう単純でもありません。
- 任せすぎると、全体の筋が崩れる(部分最適なコードが積み上がる)
- 方針が曖昧だと、AI は迷走する(曖昧な問いには曖昧な答え)
- 検証を怠ると、もっともらしい間違いがそのまま残る
だから、ディレクションには規律がいります。どこを任せ、どこは自分で確かめるか。その線引きを、ずっと引き直し続けるんです。手放すことと、丸投げすることは違います。前者は設計で、後者は放棄です。
おわりに:強いのは「答えを出せる人」より「問いを立てられる人」
AI が当たり前になった時代に、人間に残る強みは何でしょうか。この開発を通じて、私はこう考えるようになりました。答えを出せることではなく、良い問いを立て、返ってきた答えを見極められることだ、と。
クリシンクエストが育てたいのも、まさにこの力です。だから、このゲームを AI と組んでつくったこと自体が、いちばんの主張になっている気がしています。つくり方が、メッセージになっているんですよね。
もしあなたが、これから AI と一緒に何かをつくろうとしているなら、ひとつだけお伝えしたいことがあります。「うまく書かせよう」とがんばるより、「うまく問おう」としてみてください。良い問いは、それだけで答えの質を変えます。そして返ってきた答えを、やさしく、でもしっかり疑う。その往復のなかに、人間にしか出せない価値が、きっと残っているはずです。
次回はいよいよ最終回。「つくる」から「世に出す」へ。ベータ公開の前にやった地ならしについてお話しします。
— クリシンクエスト開発記・第7回