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6 min read 開発個人開発リリースクリシンクエスト

連載「クリシンクエストをつくる」· 第8編/全8編

「つくる」から「世に出す」へ — ベータ公開の地ならし(最終回)

動いて、速くて、安全で、見た目も整った。それでも公開ボタンの前に、もうひと仕事あった

連載最終回。動くものを「世に出す」前には、もうひと仕事があります。データを預かる約束を明文化する法務ページ、あえて入口を絞るベータ、最後の細部の詰め。そして「完璧を待たずに出す」という判断。AIエージェントと組んで開発してきたクリシンクエストを、どう世に送り出したかをお話しします。

安宅春樹 (Ataka Haruki)

— AZASLAB代表 ・ AIエージェント開発ディレクター

— Shimizu Fumio Architects Co., Ltd. 取締役

公開ボタンの、手前で

ここまで7回。嘘の設計から、答えの守り方、本番環境、速度、認証、デザイン、そして AI との組み方まで書いてきました。動いて、速くて、安全で、見た目も整った。もう出せる、と言いたいところなのですが、もうひと仕事あったんです。

「つくる」と「世に出す」のあいだには、地ならしがいります。完成したものを、安心して人に渡せる状態にする作業です。みなさんも、できあがったものを前にして「あと少し、何か残っている気がする」と感じたこと、ありませんか。最終回は、その仕上げの話を一緒に見ていきましょう。

約束を、ことばにする

クリシンクエストは、利用者のメールアドレス、プレイ履歴、そして入力した質問文を預かります。人の情報を預かる以上、「何を集め、どう使い、どこに渡すのか」を、あいまいにしたままにはできません。

そこで、利用規約と個人情報保護方針を用意しました。とくに正直に書いたのは、プレイヤーの質問文が AI(外部のサービス)に送られる、という点です。隠したくなるかもしれません。でも、隠すべきではないんですよね。ここをごまかすのは、このゲームが一番きらうもの、「都合の悪いことを、なんとなく曖昧にする」そのものだからです。

法務文書は、飾りではありません。利用者への約束をことばにしたものです。だから、テンプレートを貼って終わりにはせず、実際に何を預かり何を外部に送るかを、自分のサービスの実態に合わせて書き起こしました。

正直なところ、ここは少し勇気がいる作業でした。「質問文を外部の AI に送ります」と書けば、身構える人もいるかもしれません。でも、ふせて後から知られるより、最初に正直に伝えるほうが、ずっと信頼してもらえると思ったんです。あなたが利用者の立場なら、どちらのサービスを使いたいと感じるでしょうか。たぶん、隠さないほうですよね。約束は、守れる形でことばにする。そこをていねいにやっておくことが、後々の安心につながると信じています。

あえて、門を半分だけ開ける

次に決めたのは、いきなり全開にはしないことでした。

公開といっても、やり方は一つではありません。クリシンクエストは、まずベータとして出します。具体的には、新規登録をいったん絞り、まずは試用と限られた利用から始める。完璧ではないものを世に出すなら、入口を狭めて、リスクを小さく保つのが筋だと思っています。

「世に出す」と「全機能を全員に開放する」は、同じではありません。門を半分だけ開けて、様子を見ながら少しずつ広げていく。これも一つの設計判断でした。

個人開発をしていると、つい「せっかくつくったのだから、全部いっぺんに見てほしい」という気持ちになりませんか。私もそうでした。でも、全開にした瞬間に何か問題が起きたら、影響を受ける人もそのぶん増えてしまいます。最初は小さく開けて、確かめながら広げる。そのほうが、結果として早く、安心して前に進めるんですよね。あわてず、でも止まらず。そんなテンポを大事にしたいと思っています。

ベータでできること、まだできないこと

正直に、いまのベータの中身もお伝えしておきたいと思います。隠して大きく見せても、いいことは何もありませんからね。

いま試せるのは、ここです(2026/6/12 現在)。

  • 登録なしで、すぐにトレーニング(ハルシネーション・ハント)を始められる
  • 3体の AI に質問し、“本当っぽい嘘”を見抜く。その学習者の体験

つまり今回のベータは、ひとことで言えば「個人が、登録もせずに、まずトレーニングを試せる」レベルだと思っていただくのが、ちょうどいいかもしれません。

逆に、まだごっそり欠けている部分もあります。

  • 企業担当者(組織管理者)向けのダッシュボード。受講者の管理、クラス編成、進捗の分析といった機能は、まだほとんど入っていません
  • システム管理者向けの運営ダッシュボードも同じく、これからです

土台(認証・ロールの分離・データ構造)は前の回までに用意しましたが、その上に乗る管理側の画面と機能は、これから作り込んでいきます。だから今は、学習者の体験を磨くことに絞って世に出すことにしました。何ができて何ができないかを、自分ではっきり線引きしておく。それが、ベータを名乗る最低条件だと思っています。

最後の、ひと拭き

そして、公開前の最後の細部です。

  • テスト中の名残だった文言を消す
  • ベータのあいだは、新規登録ボタンをそっと隠しておく
  • 主要な導線が迷わせないか、もう一度たどってみる
  • フッターに、運営の署名をきちんと添える

第6編で「細部が“ちゃんとしてる感”を決める」と書きましたが、公開直前ほど、それが効いてきます。最初に触れる人の第一印象は、やり直せません。だから、小さな違和感を一つずつ拭き取ってから、ボタンに手をかけました。

完璧を、待たない

正直に言えば、まだ直したいところは、いくらでもあります。それでも出す、と決めました。

完成してから出すのではなく、出してから完成に近づける。実際に使われて初めて分かることのほうが、机の上で悩んで分かることより、ずっと多いんですよね。ベータとは、その「分かる」を早く始めるための器だと思っています。完璧主義は、たいてい公開を無限に先送りしてしまう。だから、線を引いて、出す。

個人開発で、しかも AI と組んでいるからこそ、この回転は速くできます。気づいたら、その日のうちに直してまた出せる。重いのは「出す決断」だけで、出したあとは軽いんです。

AIと、世に出すということ

最後に、連載全体をふり返らせてください。

この連載で書いた全部、設計も、移行も、速度改善も、認証も、デザインも、この法務の整備も、私はコードをほとんど書いていません。手を動かしたのは AI エージェントたちです。私がやったのは、何をつくるかを決め、問いを立て、AI の答えを疑い、確かめ、そして「これで世に出す」と判断すること。

クリシンクエストは「問い直す力」を育てるゲームです。そのゲームを、AI と組み、AI の答えをいちいち問い直しながらつくりました。つくり方そのものが、このサービスの主張になっているんですね。AI に任せきりにもせず、AI を拒みもせず、相棒として連れて、問い続ける。それが、AI 時代の“つくる”の一つの形だと思っています。

おわりに

そうして、クリシンクエストはベータとして動き始めました。3体の AI のうち、1体だけが“本当っぽい嘘”を話します。あなたは、見抜けるでしょうか。

よかったら、実際にのぞいてみてください。問い直す力は、読むより、使うほうがずっと育ちます。

そして、開発はここで終わりません。ここからは「つくる」から「育てる」へ。正式リリースやアップデートの記録は、また別の連載で続けていきます。

ここまで読んでくださって、ありがとうございました。連載「クリシンクエストをつくる」、これにて完。

— クリシンクエスト開発記・最終回