連載「AIと、本を売ってみる」· 第7編/全9編
古びない本は、どこで時代を語るか
変わらない芯と、変わる具体を分ける
AIの本なのに、何年たっても読めるものにしたい。だから、すぐ古びる固有名や数字は、本文から外して1か所に集めました。普遍と最新の分け方の話です。
連載「AIと、本を売ってみる」· 第7編/全9編
変わらない芯と、変わる具体を分ける
AIの本なのに、何年たっても読めるものにしたい。だから、すぐ古びる固有名や数字は、本文から外して1か所に集めました。普遍と最新の分け方の話です。
せっかく時間をかけて書いたのに、しばらくすると、もう古くなっている。そんなもったいなさ、感じたことはありませんか。とくにAIまわりの話は、足が速い。半年前に書いた「最新の使い方」が、もう通用しない。製品の名前は変わり、機能は増え、数字はすぐに塗り替わる。書いたそばから古びていくものを、追いかけつづけるのは、けっこう骨が折れます。
私が書いた本も、AIをきっかけにした本でした。だから、ふつうに書けば、いちばん古びやすいジャンルに入ります。でも私は、これを、何年たっても読める本にしたいと思っていました。流行りに乗った本ではなく、棚にずっと置いておける本に。そのために、構成のところで、ひとつ決め事をしました。今日は、その決め方の話をします。文章を古びさせない、ひとつのやり方として、あなたの発信にも、たぶん使えます。
決め事の前提になったのは、ごくあたりまえの観察でした。世の中には、すぐに変わるものと、なかなか変わらないものがある、ということです。
技術は、変わります。それも、おそろしい速さで。いまのAIも、何年かたてば、まるで別のものになっているでしょう。便利な使い方も、その頃には古くなっている。一方で、人が何かを学んだり、問いを立てたり、すこしずつ成長していく。そのしくみのほうは、何千年も、大きくは変わっていません。道具は移り変わっても、それを使う人間の側の根っこは、そう簡単には動かない。
たとえば、ほんの数年さかのぼるだけで、いま当たり前に口にしているAIの言葉の多くは、まだ存在していませんでした。逆に、はるか昔の人が残した「学ぶとは、すでに知っていたことを思い出すことだ」という問いは、いまもそのまま響きます。どちらに賭けるか、ということです。新しい言葉は、まぶしく見えます。けれど、まぶしいものほど、消えるのも早い。長く灯っているのは、たいてい地味なほうなのです。
だとすれば、本の背骨を、どちらで作るかは、はっきりしています。変わらないほうで作るのです。私は、本文の中心を、時代で古びない普遍の原理だけで語ると決めました。学ぶとはどういうことか。問いはなぜ大事か。経験は、どうやって学びに変わるのか。こうした、千年たっても揺らがない部分だけを、背骨に通す。すると、本体は、流行が一巡しても、古くなりません。
とはいえ、AIをきっかけにした本で、AIの話をまったくしないわけにはいきません。読者は、いまの自分の手元にある道具と、どうつなげればいいのかを、知りたいはずです。最新の話を、ぜんぶ追い出してしまっては、橋がかかりません。
そこで、こう決めました。古びるものは、本文に散らさず、1か所に集める、と。AIの製品名、最新の事例、移り変わる数字。こうした「いつか古くなるもの」は、本文の背骨には置かない。代わりに、終わりのほうにあるひとつの章と、巻末に、まとめて寄せました。ここが、本が時代を語る場所です。背骨は、変わらない原理で通す。時代の話は、決まった場所に隔離する。この2段に分けておくと、本体は長く読まれ、それでいて、いまの時代への橋も、ちゃんとかかります。
具体的には、最新のAIをどう使うかという話や、私たちが作っているサービスのこと、移り変わる利用者数のような数字は、すべてその場所に集めました。本文のどの章を開いても、特定の製品名は出てきません。出てくるのは、いつの時代にも通じる、学び方の原理だけです。読者は、まず変わらない土台を受け取り、いちばん最後に、それをいまの道具へつなぐ橋を、まとめて手渡される。そういう順番にしてあります。
この分け方には、もうひとつ、地味だけれど大きな利点があります。改訂が、軽くなるのです。数年後、AIの状況が変わって、その部分が古くなったとします。でも、古びる話は1か所にまとまっているので、そこだけ書き直せば済む。背骨には、手を入れずにすみます。もし最新の話を本文じゅうにちりばめていたら、改訂のたびに、全体を点検しなければなりません。古びるものを隔離しておくことは、未来の自分の手間を、先に減らしておくことでもありました。
考え方の芯は、こうです。ひとつの文章のなかに、賞味期限の長いものと短いものが、混ざっている。それを、混ぜたままにせず、分けて置く。長いものを真ん中に、短いものを決まった棚に。そうすれば、短いものが傷んでも、真ん中まで一緒に傷むことは、ありません。
では、ここから持ち帰れることを。
ひとつは、何かを書くとき、その中身を、変わらない芯と、変わる具体に、いちど仕分けてみることです。これは何年たっても言えることか。これは半年で古くなる話か。自分の書いたものを、その2つの色で塗り分けてみる。やってみると、意外と多くが「いま限定」の話だったことに気づきます。そして、芯のほうが思ったより少ないことにも。
たとえば、新しい道具の使い方を紹介する記事を、思いうかべてみてください。「この機能を、こう押すと、こうなる」は、半年後には変わっているかもしれません。でも、「そもそもなぜ、その作業は面倒なのか」「どういう考えで手順を組むと、楽になるのか」という部分は、道具が変わっても残ります。前者が、変わる具体。後者が、変わらない芯です。ひとつの記事のなかに、たいてい、その両方が混ざっています。
もうひとつは、仕分けたら、置き場所を変えることです。変わらない芯で、文章の中心を語る。変わる具体は、消すのではなく、決まった場所に寄せる。たとえば、注記や、囲み、あるいは「現時点では」と一言そえた段落に。そうしておけば、その具体が古くなったとき、そこだけ直せばよくなります。会社の資料でも、手順書でも、ブログでも、同じです。今日の数字と、変わらない考え方を、同じ重さで本文に流し込むと、数字が古くなった日に、全体が古く見えてしまう。分けておけば、そうはなりません。
これは、本の主題とも、静かにつながっていました。古びる知識を追いかけつづけるのも、ひとつの「答え集め」です。最新の使い方を覚えても、土台になる考え方がなければ、道具が変わるたびに、また一から覚え直すことになる。変わらない原理を背骨に持っている人は、新しい道具が出てきても、それを早く使いこなせます。本を古びさせない設計と、人が古びずに学びつづける設計は、たぶん同じ形をしているのです。
正直に言えば、この決め事を守るのは、すこし窮屈でした。新しくて面白い話ほど、本文に入れたくなる。でも、その誘惑をこらえて、面白い時事は、決まった場所に送る。その我慢が、何年か先に手に取る読者への、いちばんの贈り物になります。いま受けることより、長く残ることを選ぶ。それは、書き手にできる、地味だけれど確かな親切なのだと思います。
もしあなたが、これから何かを書こうとしているなら。書き出す前に、ひとつだけ問うてみてください。この文章のうち、10年後も言えることは、どこだろう。その10年もつ部分を、まんなかに据える。残りは、傷んだら取り替えられるように、端に寄せておく。それだけで、あなたの書いたものの寿命は、ぐっと延びるはずです。
次の編では、本の話からいったん離れて、その配信を支える、地味な裏側の話を。計測がどうしても動かず、外を1つずつ確かめていったら、原因は外になく、いちばん近いところに潜んでいた、という顛末を、一緒に見ていきましょう。