連載「AIと、本を売ってみる」· 第6編/全9編
答えを「あげない」特典
助けは、いらなくなるために
本の読者特典を、答えをあげない道具にしました。使うほど、AIへの寄りかかりが減っていく。依存を増やさず、自立に向かわせる、特典の設計の話です。
連載「AIと、本を売ってみる」· 第6編/全9編
助けは、いらなくなるために
本の読者特典を、答えをあげない道具にしました。使うほど、AIへの寄りかかりが減っていく。依存を増やさず、自立に向かわせる、特典の設計の話です。
よかれと思って手を貸したのに、気づいたら相手が、自分なしでは動けなくなっていた。そんな経験、ありませんか。仕事でも、子育てでも、教える場面でも起きます。先回りして答えを渡すほど、相手は自分で考えなくなる。親切と、相手の足を奪うことが、いつのまにか同じ顔をしている。
AIは、まさにその性質を、極端な形で持った道具です。聞けば、すぐに答えをくれる。速くて、便利で、ありがたい。けれど、答えがすぐ手に入るほど、私たちは自分で問いを立てたり、考えをめぐらせたりする回数を、少しずつ減らしていきます。私の本が心配しているのも、ここでした。AIに頼ること自体ではなく、頼りすぎて、自分の考える筋肉が、やせていくこと。
そうなると、本の読者特典をどう作るかは、けっこう悩ましい問題になります。特典というと、ふつうは、すぐ使える便利な答えを、たっぷり詰め込みます。でも、自分の頭で考える力を取り戻そう、と説く本が、答えをどっさり配る特典を付けたら、言っていることとやっていることが、ちぐはぐです。
そこで、ひとつ、ふつうとは逆の決め方をしました。この特典は、答えをあげない道具にする、と。
最初にこう決めたとき、正直、すこし不安でした。答えをくれない特典なんて、もらった人はがっかりしないだろうか、と。でも、考えてみれば、答えなら、いまはAIがいくらでもくれます。わざわざ私が配るまでもありません。むしろ足りていないのは、その答えを、うのみにせずに使う力のほうです。だとすれば、特典が渡すべきものは、答えではなく、答えとの付き合い方なのでした。
中身は、3つの段階でできています。最初は、練習です。AIに、答えではなく問いを返させるための、おてほんのような型をいくつか渡します。それをまねながら、問いの立て方を、体に入れていく。次は、自立です。おてほんを見ずに、自分の言葉で問いを立て、記録していく。最後が、活用です。自分で立てた問いを、こんどはAIを壁打ち相手にして、磨いていく。
たとえば最初の練習では、AIにこう頼みます。私の考えにひそむ思い込みに、自分で気づきたい。答えは出さず、気づけるような問いだけを返して、と。すると、AIは答えではなく、問いを返してきます。それを何度かまねるうちに、やがてAIに頼まなくても、自分で同じ問いを立てられるようになる。おてほんは、まねされて、いつか要らなくなるために、置いてあるのです。
おもしろいのは、この3段階を進むほど、AIへの寄りかかりが、だんだん減っていくことです。最初はAIに問いを出してもらい、やがて自分で問えるようになり、最後はAIを、答えをくれる相手としてではなく、考えを鍛える相手として使う。特典なのに、使い込むほど、その特典がなくても、AIなしでも、自分で立てるようになっていく。手放させることを、目的にした道具なのです。
これは、思いつきではありません。本のなかに、こんな考え方があります。良い助けとは、相手が、助けなしでやっていけるようになるための助けである。教育では、足場かけと呼ばれる考え方です。
足場かけという言葉は、工事現場の足場から来ています。建物を建てるあいだ、足場は欠かせません。でも、建物ができあがったら、足場は外します。外すために、組むのです。外したあとも足場が残っていたら、それは建物が、まだ自分で立てていない、ということです。
人を助けるときも、同じだと思うのです。助けの成功は、相手がいつまでも自分を頼ってくれることではなく、いつか自分なしで歩いていけるようになること。さびしいけれど、それが、いちばん深い親切なのかもしれません。教える人の本当のゴールは、自分が要らなくなることなのですから。
子どもに自転車を教えるときを、思い出してみてください。最初は、後ろの荷台をしっかり持って、一緒に走ります。けれど、ずっと持っていたら、その子はいつまでも、ひとりで乗れるようになりません。だから、どこかで、こっそり手を離す。その手を離す一瞬のために、最初の手助けはあるのです。よい先生も、よい親も、最後は、見送る側に回ります。
AIとの付き合い方も、この線で考えると、すっきりします。AIに、いつまでも足場でいてもらうのか。それとも、AIを使いながら、いつか足場を外せる自分になっていくのか。答えをくれる便利さに甘えつづけるか、その便利さを、自分を鍛えるために使うか。同じ道具でも、どちらの構えで向き合うかで、行き着く先は、まるで違ってきます。
では、ここから持ち帰れることを。
何かを作って人に渡すとき、あるいは誰かを助けるとき、ひとつだけ、自分に問うてみてください。これは、相手の依存を増やすものか、それとも、相手の自立に向かうものか。すぐ使える答えを渡すのは、気持ちのいいことです。相手にも感謝されるし、自分も役に立っている気がする。でも、その親切が、相手の考える機会を、そっと奪っていないか。
依存を減らす道具には、共通した形があります。最初は手厚く支え、だんだん支えを減らし、最後は相手に手綱を渡す。教える順番が、そのまま、手を引いていく順番になっている。もしあなたが、何かを教えたり、助けたり、便利なものを作ったりしているなら、その設計のなかに、手を引いていく段階が組み込まれているかを、確かめてみてください。組み込まれていなければ、相手は、ずっとあなたや、その道具に、つながれたままになります。
組み込み方は、むずかしくありません。たとえば、最初は手順を全部見せ、次は半分だけ隠し、最後は何も見ずにやってもらう。あるいは、最初はこちらが選び、次は選択肢を出して相手に選ばせ、最後は相手に一から決めてもらう。支える量を、少しずつ減らしていく段取りを、はじめから設計のなかに入れておく。それだけで、その道具は、相手を縛るものから、送り出すものに変わります。
これは、AIを作る側にも、使う側にも、同じように言えることです。AIに何かをやってもらうとき、それを、自分の力を肩代わりさせるために使うのか、自分の力を鍛えるために使うのか。肩代わりばかりさせていると、いざAIがない場面で、自分が何もできないことに、あとから気づきます。便利な足場ほど、外す日を、先に決めておくくらいでちょうどいいのです。
たとえば、最初はAIに全部やってもらった作業を、2度目は半分だけ自分でやってみる。3度目は、AIには確認だけを頼む。同じことをくり返すなら、毎回そっくり任せるのではなく、自分の受け持ちを、少しずつ増やしていく。そうすれば、便利さを手放さないまま、自分の力も、ちゃんと育っていきます。
もしあなたが、誰かのために何かを用意しているなら。その親切が、相手をあなたに縛るのか、相手を自由にするのか、いちど立ち止まって見てみてください。いちばん深い助けは、たぶん、いつか自分が要らなくなることを、はじめから願っている助けです。手放すために、手を貸す。そう考えられたとき、あなたの道具は、ただ便利なものから、相手を育てるものに変わります。
次の編では、その特典をしまっている、本そのものの設計の話を。何年たっても古びない本を書くために、最新のAIの話を、本のどこに置いたか。普遍と最新の分け方を、一緒に見ていきましょう。