連載「AIと、本を売ってみる」· 第5編/全9編
「うのみにしない」を、1枚の絵にする
主張を、その場で使える道具に変える
「AIの答えをうのみにしない」。その主張を、説教にも煽りにもせず、保存して使える1枚に落とす。本のいちばん伝えたいことを、画像に変える話です。
連載「AIと、本を売ってみる」· 第5編/全9編
主張を、その場で使える道具に変える
「AIの答えをうのみにしない」。その主張を、説教にも煽りにもせず、保存して使える1枚に落とす。本のいちばん伝えたいことを、画像に変える話です。
大事なことほど、まっすぐ言うと、なぜか伝わらない。そんなもどかしさ、ありませんか。「ちゃんと考えよう」「うのみにしないで」。言っていることは正しいのに、言われた側は、なんとなく説教されている気がして、するりと逃げていく。標語は、貼った人の自己満足になりやすいのです。
私の本がいちばん伝えたいことも、まさにそういう、まっすぐ言うと逃げられがちなことでした。AIの答えを、そのままうのみにしない。自分で問いを立てて、確かめる。これを1枚のPin、つまりPinterestに置く画像に、そのまま「うのみにするな」と書いたら、どうなるでしょう。きっと、誰の指も止まりません。正論は、なかなか保存されないのです。
では、どうやって、この主張を1枚の絵に落とせばいいのか。実験のなかで私がたどり着いた答えを、書いてみます。
ヒントは、主張を「言葉」ではなく「道具」に変えることでした。「うのみにしないで」と言うかわりに、うのみにしないための道具を、その場で渡してしまう。
たとえば、こんな1枚を、AIに作らせました。見出しは「AIの答えを受け取る前の、3つのチェック」。その下に、3つだけ。根拠は(なぜそう言える?)。反対意見は(逆の立場なら?)。自分ならどう考える。これだけです。説教の言葉は、ひとつもありません。けれど、この1枚を保存しておけば、次にAIに何かを聞いたとき、答えを受け取る前に、この3つを思い出せます。主張を、そのまま行動のチェックリストに変えてしまったのです。
おもしろいのは、この1枚を保存して使うこと自体が、本の主張を実演している、ということでした。「うのみにしないで」と言われて従うのではなく、自分の手で、うのみにしない手順を回す。媒体そのものが、メッセージになっている。読んだ人が、いつのまにか、その通りに動いている。標語よりも、ずっと静かで、ずっと強い形です。
同じ作り方を、ほかの1枚でも使いました。一日の終わりに回す、ふり返りの3つの問い。今日、どこで「あれ?」と思ったか。何を当たり前だと思っていたか。次は、どうしてみるか。これも、説教ではありません。手帳の片すみで、その日のうちに回せる、小さな道具です。本の主張を、1枚ずつ、使える形にほどいていく。そうやって作った1枚は、読まれて終わりではなく、保存されて、また使われていきます。
ここで、自分に固く課したことが、ひとつあります。その3つのチェックは、私が頭の中でひねり出したものではありません。本の特典として配っているリストに、実際に書いてある項目を、そのまま持ってきました。1枚に「5つの問い」と書くなら、その5つは、ほんとうに本のどこかにある5つでなければならない。数すら、勝手に作らない。うのみにしないことを伝える1枚で、自分が中身をうのみに作っていたら、それこそ話になりませんから。
とはいえ、ただ正確なだけでは、指は止まりません。役に立ちそうだ、と一瞬で感じてもらう必要があります。そこで効くのが、見出しの作り方でした。
「考える力について」のような、ぼんやりした名詞ではなく、「これで分かる」「こうすればいい」と、手にする結果のほうを、見出しに置く。これを保存すれば、自分にこういう良いことがある、と一瞬で受け取れるように。ただし、ここを煽りに振らないことが、私にはとても大事でした。「9割が知らない」「これだけで人生が変わる」。そういう言葉は、たしかに目を引きます。けれど、それは本の誠実さと、まるで合いません。驚かせて連れてくるより、ほんとうに役立つものを、静かに差し出す。派手さで勝てなくても、それでいい、と決めました。
なぜなら、煽って集めた人は、煽りが切れたとたんに離れていくからです。本が届けたいのは、その場のクリックではなく、読んだあとに、ほんの少しだけ考え方が変わること。だとすれば、入口で誇張してしまうと、約束と中身がずれて、かえって信頼を損ねます。地味でも、入口と中身をそろえておくほうが、長く残ります。
具体的にも、見出しはずいぶん直させました。最初に出てきた強い言い回しを、いちど引いて、静かな言い方に引き戻す。たとえば「AIに聞くほどバカになる」ではなく、「考える力を奪う、AIの使い方と、その戻し方」。煽りの一語を抜いても、伝わる芯は残ります。むしろ、芯だけになったぶん、何の話なのかが、はっきりするのです。
では、ここから持ち帰れることを、いくつか。
ひとつは、伝えたい主張があるなら、それを「べき」の言葉のままにしない、ということです。「こうすべき」「こうしよう」と説くより、その主張を実行するための、小さな手順やチェックに変える。人は、説かれると身構えますが、使える道具には、すっと手を伸ばします。あなたの言いたいことを、相手が明日その場でやってみられる、3つくらいの動作に直してみてください。それだけで、伝わり方がずいぶん変わります。
たとえば「もっと健康に気をつけよう」では、誰も動けません。でも、「朝、コップ一杯の水を飲む」「昼は階段を使う」「夜、スマホを別の部屋で充電する」と、3つの動作に変えれば、今日からできます。願っていることは同じでも、動ける形になっているかどうかで、届く距離は、まるで違ってくるのです。
もうひとつは、その手順を、自分の思いつきで埋めないことです。せっかく役立つ形にしても、中身が確かでなければ、ただの思いつきの寄せ集めになってしまう。出典のある具体だけを、道具に入れる。私が、配っているリストから項目を持ってきたように。形は使いやすく、中身は確かに。この両輪がそろってはじめて、1枚は、保存されて何度も使われるものになります。
主張を、声高に言うのをやめて、そっと使える形にして手渡す。これは、煽らないという、ただの上品さの話ではないと思っています。相手を、説き伏せる対象ではなく、自分で動ける人として信じる、ということでもあります。道具だけ渡して、使うかどうかは、その人にまかせる。本が「自分の頭で考える」を願うものなら、その届け方も、相手の頭を信じる形であってほしい。中身と届け方が、ちぐはぐでないように。
このちぐはぐのなさは、思っているより効きます。煽る本が、煽って売られていても、私たちはそこに矛盾を感じません。けれど、静けさを説く本が、けたたましく売られていたら、どこか嘘くさく見えてしまう。届け方は、それ自体が、いちばん最初のメッセージなのです。何を言うかと同じくらい、どう手渡すかが、相手の受け取り方を決めています。
もしあなたに、どうしても伝えたい大事なことがあるなら。それを、まっすぐ言ってしまう前に、いちど止まってみてください。その主張を、相手がその場で使える、3つの小さな動作に変えられないか。言葉で動かそうとするより、道具で動いてもらうほうが、ずっと遠くまで届くように、私は感じています。押すのをやめて、手渡しに変える。たったそれだけのことが、伝えたいことの寿命を、ずいぶん延ばしてくれるのです。
次の編では、その「使える道具」を束ねた、本の読者特典そのものの話を。答えをあげないことで、かえって自分で立てるようになる、そんなふしぎな特典の設計を、一緒に見ていきましょう。