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6 min read AI協働発信設計思想

連載「AIに任せきりにしない発信をつくる」· 第16編/全21編

自動化ツールに、なぜキャラクターを持たせるのか

「誰が話しているか」を設計することの意味

発信を自動化するツールを作っていると、「全部AIに任せればいいのでは」と聞かれます。任せられます。でも AZASLAB はそうしませんでした。AIが作り、人が確かめ、アズラビが届ける——その3層を設計した理由を、一緒に考えてみます。

安宅春樹 (Ataka Haruki)

— AZASLAB代表 ・ AIエージェント開発ディレクター

— Shimizu Fumio Architects Co., Ltd. 取締役

自動化しているのに、名前をつけました

AIが発信文を作るツールを作っていると話すと、たまにこう返ってきます。「それ、キャラクターとか要りますか?全自動でいいんじゃないですか」と。

おっしゃる通りです。技術的には全自動にできます。Redditから人々の困りごとを集め、AIが日本語で発信文を作り、自動でXに投稿するまでを、人の手を借りずに回すことはできます。

でも AZASLAB では、そうしませんでした。最後の「承認」だけは人が担います。そしてもう1つ、「誰が話すか」を設計しました。@AZASLab のプロフィールに立っているのは、広報担当のうさぎ「アズラビ」です。

今日は、自動化ツールにあえてキャラクターを持たせた理由を、一緒に考えてみたいと思います。「そんな細かいところ、後回しでいいんじゃ?」と思っている方に、特に読んでもらえると嬉しいです。

同じ内容でも、「誰から」で受け取り方が変わる

たとえば同じ内容の記事でも、「AZASLAB公式からのお知らせ」として届くのと、「実験室の中の人が話しかけている」のとでは、読む側の距離感が変わります。機関の声明と、人の言葉では、温度が違う。これは意識しないと見落としやすいことです。

AIが生成した投稿をそのまま「AIが生成しました」として出すだけでは、ただのお知らせになります。読んだ人が「これ、誰に向けて言っているんだろう」と迷う。内容は良くても、「届いた」感じがしない。発信の量が増えるほど、この「届いた感」の差は積み重なっていきます。

「誰が話しているか」を設計することで、受け取る側に文脈が生まれます。アズラビというキャラクターを作ることで、「AZASLAB実験室の、半自律の広報担当うさぎが話しかけている」という文脈が生まれます。AIが作っていることを隠さず、むしろXのbioに「この発信自体、自作ツールで半自律運用中」と明記したうえで、「その発信者は誰か」を設計しました。

これは隠れ蓑ではありません。正直さを形にする方法の1つだと思っています。

「AIに任せきりにしない」を、発信そのもので体現したかった

AZASLAB の看板コピーは「AIに、任せきりにしない。」です。

AIを使ってものを作る実験室として、この姿勢をツールの中だけで持つのは、半分で終わっている気がしました。発信そのものが「AIを使っているけど人間が関わっている」という見本になっていい。

だから承認のステップを残しました。AIが作った投稿下書きを、私が一つひとつ確かめて、出すか出さないかを決める。全部が通るわけではなく、元のReddit投稿で裏付けられない主張が多い場合は、承認キューに入る前に自動で弾かれます。そのうえでさらに、人の目で最後に確かめる。

以前 AIが書いた「もっともらしい話」を、そのまま流さないために という記事で、この自動ゲートの話を書きました。ここでは人の目による確認の話を補足しておきます。自動ゲートを通ったとしても、最後に人が「これを世に出していいか」と確かめる。この2段構えが、AZASLAB の発信における「任せきりにしない」の実装です。

アズラビは、その承認を経て世に出る言葉の話者です。AIが作り、人が確かめ、アズラビが届ける——この3層の構造が、発信版の「AIに任せきりにしない」だと思っています。

「実験そのものを見せる」という選択

アズラビのbioには、「この発信自体、自作ツールで半自律運用中」という一文が入っています。

多くのSNSアカウントは、裏側の仕組みを見せません。それが当然かもしれないし、見せる必要もないことが多い。でも AZASLAB は実験室ですから、実験そのものを見せてもいいと考えました。どうやって作っているかを隠さないことが、読んでいる人への誠実さになる。

「AIで自動化しているのに、それを堂々と書くの?」と感じる方もいるかもしれません。でも逆です。自動化していることを隠す方が、ちぐはぐだと感じます。AI時代の発信者として、「AIを使っているけど、こういうふうに使っている」と見せることの方が、誠実で、かつ面白い。

アズラビというキャラクターは、この正直さを人格として纏っています。うさぎが研究者として実験室にいるという設定は、少し荒唐無稽に見えます。でも「AIが発信者として実験室にいる」という事実を、少し柔らかく見せる役割を担っています。堅い免責文を書くより、「うさぎが話している」方が、正直さが伝わる場合もあります。

ちなみにアズラビが届けるのは、主に2つです。1つは AZASLAB のブログの新着告知。もう1つは、AIを使う人がつまずきやすい困りごとと、その解きほぐし方の実用的なヒントです。後者は、海外の掲示板で実際に語られている「困った」を拾い、裏付けを確かめたうえで日本語に整えています。宣伝より先に、読んだ人が今日使える何かを置く——その方針も、話者の設計と地続きです。「誰が、何のために話すか」が決まっていると、何を話すかも自然と定まってきます。

「ペルソナ」より「設計思想」を先に決める

キャラクターを設計するとき、外見や口調を先に決めたくなります。でも実際には、「このキャラクターは何者で、何のためにいるか」という問いを先に持った方が、後から整えやすいと感じました。

アズラビの場合、決まったのは外見より先に「実験室の相棒として、発信の責任を一緒に担う存在」という位置づけでした。広報担当として半自律で動くけれど、判断は人間が握っている。その役割が先にあって、「だからうさぎで、白衣で、穏やかなトーンで」という設計が後から続きました。

逆の順番で作ると、キャラクターが「ゆるキャラ的な飾り」になりやすい。あとから「この子、何をしているの?」という問いに答えられなくなる。外見は変えやすいですが、役割の設計はあとから変えるとずれが出やすい。

もう1つ意識したのは、アカウントの看板をプロダクトに寄せすぎないことです。AZASLAB はこれからも実験的なプロダクトを作り続けます。特定のプロダクト名を前面に出した看板を作ると、次のプロダクトを作るたびに貼り替えが必要になる。「実験室の看板」として立てておけば、中身が変わっても看板は変わらない。アズラビはその看板を守る存在でもあります。

キャラクターを作ることを考えている方は、「このキャラクターは、なぜここにいるのか」という問いを最初に持ってみてください。それがあると、口調も、どんなことを言うかも、自然と絞られてきます。

あなたのツールは、誰が話していますか

自動化ツールを作っている、あるいはこれから作ろうとしている方に、1つ聞いてみたいことがあります。「そのツールを通して発信するとき、読んだ人には誰から届いているように見えますか」と。

「ツール名のアカウント」「社名のアカウント」「プロジェクト名のアカウント」——どれも答えとして成立します。ただ、それが誰なのかをあなた自身が意識しているかどうかで、発信の方向性が変わることがあります。

完璧な設計でなくていいと思います。「実験室の中の人が話している」「開発者が実際に使いながら書いている」——そういう一文を、プロフィールのどこかに置くだけで、受け取り方が変わることがあります。

アズラビはまだ生まれたばかりです。どんな話者になるかは、これからの実験次第です。トーンが変わることもあるかもしれないし、発信の内容もまだ模索中です。でも「誰が話しているか」という根っこの設計は、今のところ変えるつもりはありません。

もし @AZASLab の発信を眺めていて、「これ、人が書いたの?AIが書いたの?」と少し迷ったなら、それが設計の意図通りの、ちょうどいい引っかかりかもしれません。